God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
ダメかな?
授業中。
休憩中。
そして、昼メシの間も、予算委員会にまつわる雑事に追われた。
締め切りを無視して、往生際の悪い団体がポツポツと持ち込んできた案件を、片っ端からやっつける。
委員会を3日後に控え、ラストスパート。
今もクラスで弁当をカッ込みながら、桂木と並んで、その作業は続いた。
少し離れた所で賑やかな女子の軍団が弁当を食っているのだが、もう俺達を見ても、冷やかしもしない。現状を知らない周りは、公認でお昼も仲良くと勝手に誤解している。
少し離れた所では、また別のグループ女子がこちらを窺いながら何やら話しているが、そのうち別の事に気を取られて行ってしまった。
桂木と一緒にいる事が自然に見え、周りもいちいち騒がなくなってきている。
このまま、なし崩しに公認になる作戦なのかと、桂木の頭の良さを恨めしく思う時もあるのだが、いちいち気にしている余裕が、今は無かった。
予算の回答が、ここにきてドッと押し寄せ、そのどれもが少なからず金額のアップを訴えている。
目の前を、お菓子が、漫画が、5時間目の宿題が、誰かのスマホが……手から手へ流れていくのを横目に、俺達は電卓と書類と数字に溺れた。
そこへ永田がやってきた。いつかに比べて幾分、元気を取り戻した様子。
再びガラガラとダミ声を発して大騒ぎでブチまけるかと思えば、
「知ってっか?藤谷と剣持、別れたらしーゼ」
「「マジで!?」」
俺も桂木も、一時作業を忘れた。
「うひょ~ッ!好感度・急降下ッ!」
永田は、バブリーダンスを熱烈披露。
こういう時、思うのだ。永田は何故それが、そこまで嬉しいのか。剣持の好感度が下がったとして、到底、貴様の低レベルには追い付かないだろう。
剣持と藤谷の破局。
これにはそこら中の仲間が喰い付いて、「マジ!?」「ウソだったら燃やすよ!」「ちょっと行って来る」特に女子が大慌て、弁当後の別腹スイーツもそこそこ、教室を飛び出した。
そしてすかさず、「ハイ議長!」と、永田がいつかの回答書……と思ったら、その前提、去年の決算報告である。「まだそんな所やってんの?」と桂木に睨まれて、「桂木さま桂木さま」と、永田は両手を合わせて拝み倒した。どうやら頭が上がらないらしい。
「一体、何回修正させりゃ気が済むんだよ」
俺は一応、釘を差した。桂木に甘えているとしか思えない。
「だーってさー、イトウが入院してさー。バチボコ居ねーんだもんよー」
キモいから甘えた声を出すな。
と、ツッコんで、「そんなの、病院でやらせりゃいいだろ」と無茶と知りつつ、それくらい言いたくなる。相談を受けた桂木が〝何でも相談して〟と甘い顔を見せた途端、こちらの都合も顧みず、修正のドツボ。桂木は、律儀に何度も相談に応じていた。
「イトウくん、いつまでかかるの?」
男女の違いはあっても同じバスケ部。それだけに心配なのだろう。
「一ヶ月だから、ま、夏の大会には間に合うけどなッ」
「じゃあ、今回は、あたしが全部やったげようか」
「マジでッ?」
「バスケなら備品とかも分かるし」
「いいのかよッ」
「領収書通りにやっちゃうけど、希望金額を超えなくても恨まないでよね」
「そこらへんは議長の采配でッ」と、今度はこっちを拝む。
俺は何も言ってない。
だが永田は、大喜びで大量の領収書とノートを置いて行った。
「丸投げじゃないか」
「いいじゃん。これで永田から異議は出ない。面倒くさい事も無いって事で」
桂木は書類を畳んで、別ファイルに収めると、
「雑用は嫌だけど……意味深な顔で邪魔に来られるのが、もっと嫌だな」
じゃない?
こういう時、思うのだ。桂木は上手い。何でもない言葉の中に、その裏を推し量るように、意味を持たせる。女子特有の駆け引き、なのか。
「桂木ってさ、やっぱ進学?」
思い切って雰囲気をはぐらかしてみた所、桂木は別段気を悪くする事もなく、
「そうだよ。っていうか、やっと聞いてくれたね」
そう言えば、そうだな。初めて聞いたかもしれない。何でもないやり取りに、これだけ俺側に罪悪感を呼び起こすから……桂木はやっぱり上手いのだ。
「京都の大学に推薦で行きたいなって、思ってる。沢村はどこだっけ?」
「だーかーらー、俺は地元の。あの駅前の」
ここでまた素早く、「わかった!ココイチだね」と来た。
「かもな」
これはネタ切れするまで続きそうだ。
「てことは卒業したら、もう会えないんだね」
最終的にはそうなるだろう。実際、以前付き合ってた女子ともあれっきり。
離れるとまた違う世界になるから、それを覚悟の1年。
少なくとも、桂木はそれを予感し、どこかで覚悟していることは見て取れた。
そう来られると、どうせ短い間の事、ちょっと付き合い方を考えてくれないかな?と、そこまで深刻に改まる事でもない気がして、ますますケジメからは遠ざかる。
桂木は、周りを気にして声を潜めた。
「あたし、中学ん時、大学生と付き合った事あって。そうするともう殆ど大人の付き合いっていうか。背伸びっていうか。まあそれは仕方ないんだけど」
大学生と、付き合う。
生々しいカミングアウト。
実際どういう付き合いだったのか。真木のように、チューはしましたよ♪と、無邪気には言えないだろう。それは何となく雰囲気で察した。
中学で経験済みは、居るには居るけど……こう言う話は、そこら辺の女子なら冗談に混じって前ノリで聞ける事が、1対1で女子にその辺を語られるというのは複雑だ。
永田のような大暴れが実は何も無く、桂木や阿木のように、それほど主張しない輩が実は……という意外性もまた然り。それこそ地味に、隠れるように、ひっそりと進んでいるだろう。
浅枝と石原は微妙な所だが、見た所……ま、いいか。
右川などは、影もカタチもない。いつまでも実らない相手を追いかけていれば、それだけ遅れる。男同士の恋愛沙汰に、うひゃあ!とかって喜んでいる場合かよって。
「気、悪くした?」
桂木に、いつものアメを渡された。
「いや」と、アメを貰う。気が悪いというより、居心地が悪い。
「だからっていうか。同い年の沢村とは、焦らないで、仲良くなる感じがいいかなぁーと思って。そういうはっきりしないのって……ダメかな?」
それは桂木自身が思うと言うより、俺寄りになって考えを変えたと見るのが正しい気がする。
きっぱり拒絶するほど、桂木は図々しくない。
少しずつ仲良くなるなら。それが自然にそうなるなら。
こっちが返事に迷っていると、桂木にうんと近くで顔を覗きこまれた。
それに動揺した事も手伝って、「桂木がそれでいいなら、自然にそうなればいいかな」と、気が付けば、右川の口グセのような事を言ってしまう。
桂木は、「なーんか。トボケた感じ」と、おどけて見せた。
その実、目は笑っていない。
「あのさ。真木とは、最近どう?」 
ハッキリ分かりすぎる位に、話を逸らしてしまった。
頭の良い桂木は、さすがに騙されてはくれない。「はいはい。真木くんね。2人揃ってBL研に入ったら」と微妙に軽蔑されて、そこで雑談も途切れた。
落ち着かない雰囲気を桂木も察してか、2個目のアメを渡すべきかどうか手許が迷っている。
「桂木は知ってる?右川が答えた〝アンダーライン〟」
唐突と言えば、唐突過ぎた。
空気が冷える事を覚悟でいると、
「とか言いながら、もう沢村の目が笑ってるけど、何それ」
有り難いことに桂木は知らなかった。
そして、冴えた頭の良さで、上手く乗ってくれた。
原田先生が絡んだいつかの事を話して聞かせた所、桂木は「ぶうわはっ!」と、吹き出して、
「アメ……変な所に飲み込んじゃった」と咳込んで、しばらく呼吸困難に陥る。
やっと落ち着いた所で、「あたしが知ってるのは、リトマス試験紙なんだけど」
まだまだ暴れる胸元を落ちつけながら、「2年ん時、化学の時間で」と桂木が話す事には。
〝リトマス試験紙を溶液Aに漬けます。色は変わるでしょうか?〟
そこで右川が当たった。
答えは〝変わりません〟が正解。
先生に突然当てられた右川は、それを、「わかりません」と即答。
ド天然か!
「でも先生がそれを聞き違えて。正解!凄い!ってベタ褒め。つくづく運がいいよねって」
近い所で、大きな間違い。それが天才的。
原田先生だけではない。どいつもこいつも右川マジックに翻弄されている。
そこでついでに、いつかの〝夏目漱石の3大代表作〟の一件もモレなく教えた所、「ヤバい。ヤバい。もうやだぁ」と桂木が、またしばらく呼吸できなくなってしまった。
弁当を仕舞って、俺は、「相棒タイム」と、アクエリアスを一気飲み。
桂木はこれまたお菓子を取りだして、「別腹タイム」と笑う。
成り行き上、俺も1つをツマんだ。駄菓子屋でおなじみの、黒糖麩菓子。
「言わないでね。田舎の味とか。駄女子とか」
「自分で言ってるから、俺は言わないでおくか」
そこに、「沢村ぁ、2年生が来てるよ」と、クラスメートに呼ばれて見れば、いつかのドラム缶3人組が3年教室の入り口でオロオロしている。こういう時、思うのだ。あれだけ生徒会室には堂々と図々しく入ってくるクセに、どうしてここではそれができないのだろう。
「あー、先輩、読んでもらえましたぁ?」
「ちゃんと、はぁはぁしましたぁ?」
「また新しいの、持ってきましたぁ」
そこで勝手にまた3冊押し付けて、逃げるように去って行った。
いつまで続くのか、この無駄なアピール。俺は溜め息をついて、その3冊をどうしたものかと迷っていると、「貸して」と、桂木は3冊を手に立ち上がり、
「良かったらあげる」と、廊下でワイワイやっていた女子群に投げた。
「うわ!ちょっとー……、何これぇ」
ある意味、これも別腹なのか。女子は大喜びで喰い付いた。
1人が、「これ、沢村に似てね?」と笑うと、「どれが?」と覗き込んだ女子が2人、クスクスと笑う。「何?見せて」と、桂木も喰い付いて、見せられたそれに向けて、ぶわはッ!と噴き出した。
ほら!
見せられたそこには……お地蔵さまのイラスト。
何故かスクール水着を着せられている。
「似てねーよっ。つーか、これ絶対、バチ当たるだろ」
俺が噛みつくと、「バチとか言ってるぅ!アタリマエがアタリマエに怒った!」と、女子は手を叩いて大ウケ。「るせーな」と毒づきながら俺は……桂木が、俺と居るよりも自然に笑っている事にホッとして、ゆっくりと席に戻った。
俺はズルい。逃げている、と思う。
それを100も承知で、受け入れて、戦わない。
桂木の事は、そう決める。
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