God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
右川が暴れなくなった。途端に、その重さがダイレクトずっしり腕に来る。
「あんなクズに頭下げるなんて、あんたプライド無いの」
人の苦労を分かってない……思わず舌打ちが出た。
予算委員会は他の団体も関わる行事。最後は先生に結果を説明して、これまた了解を得なくてはならない。例えどんな手段を取っても、ここはどうにかスムーズに終わらせたいのだ。
「いい加減にしろ。仕事増やすな。ていうか、委員会前に重森を刺激すんな」
「はいはいはい。ちゃんとちゃんとね」
もう授業が始まる。演劇部は放課後に持ち越しだ。
芸術棟を出た辺りで解放した途端に、「うし!」と、右川は、すぐさまレインコートのフードを被った。
「どこ行くんだよ」
「まだ途中だから」
唖然とした。
「おまえ、まだ諦めてないの……」
そんな事より生徒会!と説教する前に、「じゃ」と右川は雨の中、飛び出して行った。
「もう昼休み、終わるだろっ!」
何を言っても、目的の場所に一目散。見ていると芸術棟の軒下、側溝の鉄網を外さんばかりの勢い、「あとちょっとなんだけどなー……」とか言いながら、手を突っ込んだ。
「授業、始まるって!」
「っるさいなーもう。邪魔しないで。あんたは授業に行けってばよ」
何の説明も無く、追い払われる。そこがムカつく。
追い払われたら、理由も分からないまま。また目に留まる。
わざわざ見る事は無いけれど、たまたま見たら、最初から最後まで見てしまう。気になる。そこがムカつく。
俺はスマホを軒下の安全地帯に退避させると、意を決して、雨の中を飛び出した。
「どこだよ」
ズブ濡れで立つ姿に、「え……」と一瞬、驚いた様子で、右川は俺を見上げる。
「邪魔しねーよ。手伝ってやるよ」
「いいよ、そんな」
「いいよ。どこだよっ」
俺は半分ヤケで、水溜りの中に膝を付いた。
雨水を呑み込んだ側溝は、水が濁って奥までが見えにくい。
右川の手を引っこ抜いて、自分の手を突っ込む。
葉っぱ。違う種類の枯れ葉。泥。泥まみれの葉っぱ。黒い泥。赤い泥。
俺は次から次へと引っ張り上げた。
「も、もういいよ。沢村」
「いいって、何がだよっ」
「間違ってたら悪いし」
「遠慮すんな」
これじゃまるで俺が、右川の機嫌を取ってるみたいだ。
雨水が、まるで悔し涙のように俺の目尻をかすめて……なんて、そんな訳ないんだけど。
「放課後はみっちり生徒会だかんな。分かったな!」
目ヂカラで突き付けた。
出てくる訳ないだろ、金目の物なんか。
だがその時、指先が何か紙らしき物を掴んだ。
まさかと引っこ抜くと〝女子高ドリンク〟と描かれた名刺サイズのポップな広告。泥にまみれたブレザー姿の女子高生(どうみても大人)が、上半身マッパでこっちを挑発している。だが1番肝心な所が、星印。
こういう時、思うのだ。地味にツイてない。
どういう一時しのぎなのか、「沢村、大当たり♪」と、右川はニッコリ笑うと、その写真を勝手に俺の制服胸ポケットに仕舞った。上からトントンと嬉しそうに叩いて、「お土産♪」
何もかもズブ濡れで、何がお土産だ。
このチャンスに直球、
「おまえ。一体、何企んでる」
一瞬、右川が怯んだ。確かに、俺にはそう見えた。
「さっさと吐け。今言えば許してやる」
「……マジで?」
これは雨のせいか。
フードの下、右川が一瞬、泣きそうな顔に見えた。
そんな筈はないと、何度も目元を拭う。
「今度は何やらかしたんだよ」
その時、右川のスマホが着信を知らせた。
同時に、「沢村ぁ、オンナが呼んでるぞー!緊急!」と遠くから同輩が大声で俺を呼ぶ。
Wで邪魔が入ったか。いつもいつも!
俺はチッと舌打ちして、「とりあえず、おまえは授業に行け。話は後で絶対。逃げんなよ」
退避させておいたスマホを掴んで、その場を後にした。
マジで何事なのか。
気になる。気になる。気になる。
桂木が俺を探しているのかと思ったら、そうではない。
呼ばれた先、校舎棟の階段を1つ上がると、バドミントン部の3年女子が居た。
見れば、階段の踊り場、雨の吹き込まない一画で、弁当を広げている。
こんな所で孤独なランチかよ、と思ったら、その先の扉に隠れて、陸上部の同輩男子が居て。
「ういーっす、議長」
「……おまえら、ここで一体何を」
女子は薄っすら顔を赤らめて、「ふふん」と悩ましく笑って見せたが、ズブ濡れでやって来た俺を見てそれ所じゃないと察したのか、
「だいじょぶ?無理くない?後でもいいけど」
「いや、今でいい」
後がいいのは、俺側の事情ではなく、そちら側の事情では?と、言いたいのを堪えた。
「右川でもいいんだけど。って……あれじゃ、さらに無理だね」
階段の踊り場から、雨の中に浮かぶ白い塊を見て、女子は当惑した。
「チビっ子、あれ何やってんの?」
答えない。
「で、用って何?」
「あの、いつかのお金なんだけどさ、預かり証、もらえないかな」
「アズカリショウ?」
何の事?と聞いていいのかどうか。
相手の出方を窺って、こっちが曖昧に首を傾げていると、
「アイツから聞いたんだけどね、そういうのは預かり証貰えるって。その先輩に渡した方がいいって」
〝バドミントン部 卒業生からの寄付金〟
阿木の言った寄付金は吹奏楽OBからだった。バドミントンではない。
俺は受け取ってない。浅枝からも阿木からも、報告を受けた覚えは無い。
預かったお金は、報告が厳守だ。今回の予算案に必ず反映させるからだ。
黙って使う輩もあるが、バレたら後が怖い。敵は生徒会だけでは無くなる。
「えっと。ごめん。いくらだった、っけ?」
「1万円」
「あー……ハイハイ」
知らない。覚えがない。そして、この女子は、嘘をつくような子ではない。
「いつだったかな。かなり前に右川に預けたんだけどさ」
「右川?」
スマホを片手に側溝を覗く、その白い塊を、真っすぐ目線の先に置いた。
「預かり証って……明日でもいいかな」
「うん」
「了解」
しらじらしい芝居を続けるのも、そろそろ限界。
バドミントン女子と陸上部男子のラブラブ姿を静かに見送り、雨の中を這いずり回る白い塊を視界に捉えて……そこで俺の表情は一変した。
何処にやった、1万円。
分かりきった事だ。
右川の奴、とうとう……そこで5時間目のチャイムが鳴った。
授業に遅刻……かまうもんか。
階段を下りて、俺は再び、雨の中を行く。
冷たい雨は、身体を芯から凍らせた。
「ちょっと来い」
「あんなクズに頭下げるなんて、あんたプライド無いの」
人の苦労を分かってない……思わず舌打ちが出た。
予算委員会は他の団体も関わる行事。最後は先生に結果を説明して、これまた了解を得なくてはならない。例えどんな手段を取っても、ここはどうにかスムーズに終わらせたいのだ。
「いい加減にしろ。仕事増やすな。ていうか、委員会前に重森を刺激すんな」
「はいはいはい。ちゃんとちゃんとね」
もう授業が始まる。演劇部は放課後に持ち越しだ。
芸術棟を出た辺りで解放した途端に、「うし!」と、右川は、すぐさまレインコートのフードを被った。
「どこ行くんだよ」
「まだ途中だから」
唖然とした。
「おまえ、まだ諦めてないの……」
そんな事より生徒会!と説教する前に、「じゃ」と右川は雨の中、飛び出して行った。
「もう昼休み、終わるだろっ!」
何を言っても、目的の場所に一目散。見ていると芸術棟の軒下、側溝の鉄網を外さんばかりの勢い、「あとちょっとなんだけどなー……」とか言いながら、手を突っ込んだ。
「授業、始まるって!」
「っるさいなーもう。邪魔しないで。あんたは授業に行けってばよ」
何の説明も無く、追い払われる。そこがムカつく。
追い払われたら、理由も分からないまま。また目に留まる。
わざわざ見る事は無いけれど、たまたま見たら、最初から最後まで見てしまう。気になる。そこがムカつく。
俺はスマホを軒下の安全地帯に退避させると、意を決して、雨の中を飛び出した。
「どこだよ」
ズブ濡れで立つ姿に、「え……」と一瞬、驚いた様子で、右川は俺を見上げる。
「邪魔しねーよ。手伝ってやるよ」
「いいよ、そんな」
「いいよ。どこだよっ」
俺は半分ヤケで、水溜りの中に膝を付いた。
雨水を呑み込んだ側溝は、水が濁って奥までが見えにくい。
右川の手を引っこ抜いて、自分の手を突っ込む。
葉っぱ。違う種類の枯れ葉。泥。泥まみれの葉っぱ。黒い泥。赤い泥。
俺は次から次へと引っ張り上げた。
「も、もういいよ。沢村」
「いいって、何がだよっ」
「間違ってたら悪いし」
「遠慮すんな」
これじゃまるで俺が、右川の機嫌を取ってるみたいだ。
雨水が、まるで悔し涙のように俺の目尻をかすめて……なんて、そんな訳ないんだけど。
「放課後はみっちり生徒会だかんな。分かったな!」
目ヂカラで突き付けた。
出てくる訳ないだろ、金目の物なんか。
だがその時、指先が何か紙らしき物を掴んだ。
まさかと引っこ抜くと〝女子高ドリンク〟と描かれた名刺サイズのポップな広告。泥にまみれたブレザー姿の女子高生(どうみても大人)が、上半身マッパでこっちを挑発している。だが1番肝心な所が、星印。
こういう時、思うのだ。地味にツイてない。
どういう一時しのぎなのか、「沢村、大当たり♪」と、右川はニッコリ笑うと、その写真を勝手に俺の制服胸ポケットに仕舞った。上からトントンと嬉しそうに叩いて、「お土産♪」
何もかもズブ濡れで、何がお土産だ。
このチャンスに直球、
「おまえ。一体、何企んでる」
一瞬、右川が怯んだ。確かに、俺にはそう見えた。
「さっさと吐け。今言えば許してやる」
「……マジで?」
これは雨のせいか。
フードの下、右川が一瞬、泣きそうな顔に見えた。
そんな筈はないと、何度も目元を拭う。
「今度は何やらかしたんだよ」
その時、右川のスマホが着信を知らせた。
同時に、「沢村ぁ、オンナが呼んでるぞー!緊急!」と遠くから同輩が大声で俺を呼ぶ。
Wで邪魔が入ったか。いつもいつも!
俺はチッと舌打ちして、「とりあえず、おまえは授業に行け。話は後で絶対。逃げんなよ」
退避させておいたスマホを掴んで、その場を後にした。
マジで何事なのか。
気になる。気になる。気になる。
桂木が俺を探しているのかと思ったら、そうではない。
呼ばれた先、校舎棟の階段を1つ上がると、バドミントン部の3年女子が居た。
見れば、階段の踊り場、雨の吹き込まない一画で、弁当を広げている。
こんな所で孤独なランチかよ、と思ったら、その先の扉に隠れて、陸上部の同輩男子が居て。
「ういーっす、議長」
「……おまえら、ここで一体何を」
女子は薄っすら顔を赤らめて、「ふふん」と悩ましく笑って見せたが、ズブ濡れでやって来た俺を見てそれ所じゃないと察したのか、
「だいじょぶ?無理くない?後でもいいけど」
「いや、今でいい」
後がいいのは、俺側の事情ではなく、そちら側の事情では?と、言いたいのを堪えた。
「右川でもいいんだけど。って……あれじゃ、さらに無理だね」
階段の踊り場から、雨の中に浮かぶ白い塊を見て、女子は当惑した。
「チビっ子、あれ何やってんの?」
答えない。
「で、用って何?」
「あの、いつかのお金なんだけどさ、預かり証、もらえないかな」
「アズカリショウ?」
何の事?と聞いていいのかどうか。
相手の出方を窺って、こっちが曖昧に首を傾げていると、
「アイツから聞いたんだけどね、そういうのは預かり証貰えるって。その先輩に渡した方がいいって」
〝バドミントン部 卒業生からの寄付金〟
阿木の言った寄付金は吹奏楽OBからだった。バドミントンではない。
俺は受け取ってない。浅枝からも阿木からも、報告を受けた覚えは無い。
預かったお金は、報告が厳守だ。今回の予算案に必ず反映させるからだ。
黙って使う輩もあるが、バレたら後が怖い。敵は生徒会だけでは無くなる。
「えっと。ごめん。いくらだった、っけ?」
「1万円」
「あー……ハイハイ」
知らない。覚えがない。そして、この女子は、嘘をつくような子ではない。
「いつだったかな。かなり前に右川に預けたんだけどさ」
「右川?」
スマホを片手に側溝を覗く、その白い塊を、真っすぐ目線の先に置いた。
「預かり証って……明日でもいいかな」
「うん」
「了解」
しらじらしい芝居を続けるのも、そろそろ限界。
バドミントン女子と陸上部男子のラブラブ姿を静かに見送り、雨の中を這いずり回る白い塊を視界に捉えて……そこで俺の表情は一変した。
何処にやった、1万円。
分かりきった事だ。
右川の奴、とうとう……そこで5時間目のチャイムが鳴った。
授業に遅刻……かまうもんか。
階段を下りて、俺は再び、雨の中を行く。
冷たい雨は、身体を芯から凍らせた。
「ちょっと来い」