God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
さすがの右川も言葉を無くしたまま俯いた。
いつものように言い返してこない。俺は、そこまで右川を追い詰めた。
永い永い、沈黙だった。どれだけの時間、そうしていただろう。
次第に、胸内に罪の意識が疼いてくる。なんて厄介なのか。
「だから、俺が言いたいのは、もっと別の方法があったはずで」
今から思えば……落ち着いて考えたら分かる事。
バドの1万円をネコババして金が工面できたなら、そこからもう宝探しは必要無くなる。だが、右川は宝探しを止めなかった。
それが妙だ。納得できない。何か理由が?……と、そこまで考えて、どうして俺がそこまでして右川を思いやり、胸中を理解してやらなきゃなのか。
正直に打ち明けてもくれず、頼られもしないというのに。
ただただ、残念だ。
右川ともあろう悪ガキが、どうしていつものように姑息に、ズル賢く立ち回ってくれなかったのか。せめて、俺なんかには罪悪感を感じさせない程、狡猾に、したたかに。こんな事なら、1万円は俺の財布から抜き取ったと、そう聞かされた方がマシだった。
右川はまた1つ、咳き込む。
「もー……これ熱ある。絶対。もう無理。あんたが何言ってんのか全然分かんない。そんな難しい事考えてらんないって」
俺は、ここで、お金が戻ってきた事を伝えた。
封筒を、目の前に出して見せると、右川は、ぱあっと笑顔を咲かせて、
「そう!これこれ!くまもんくまもん!会いたかったぁー!」
封筒を握りしめ、安堵の表情を浮かべて、その場に右川は膝から崩れた。
もし、悩みを共有していたら、俺も一緒になって安堵しただろう。
見つかって良かったと、共に笑えた。マジで泣けたかもしれない。
右川は、俺とそんな感情を分かち合おうとはしない。
自分勝手な決着で、こっちを掻き乱し、おまけに罪悪感というお土産まで持たされる。泣かなくてよかった。それでは俺が、あまりにも可哀想過ぎる。
右川は立ち上がった。1度、陽気にひらりと回転したかと思うと、
「じゃこれ、マッキーに返していいんだよね?」
「それはもう……」
「自由だぁ!最高!」と、右川は大きく伸びをした。
いつもそうだが、こっちの様子にはお構い無し。この鈍感力が妬ましい。
右川はまた咳こむ。苦しそうにえづいた。
随分こじらせているけど、それがなんだ。
「あたし、今度こそ真面目にバイトしなきゃ。モチベーションが上がってきた!熱も!」
ストレス・フリーで満面の笑み。エクボが深く刻まれて……そうは行くか。
このまま5時間目はサボると言う……そうは行くか。
「この後、肝心の予算委員会だろ。本番どうすんだよ」
「あんた、やっといて」
すっかり、いつもの右川に戻った。
今なら分かる。
俺に対する媚もやる気も、罪悪感から来るパフォーマンスだった。
「おまえ会長だろ。出なくてどうする」
「あたしどうせ座っとくだけでしょ。する事ないじゃん」
水道の蛇口をひねって、水を美味そうにゴクゴクと飲んだ。
「ぷはー!美味ぇ~っす」
「いつまでもワガママ言うな。そろそろ現実を受け入れて……」
と言い掛けて、止めた。
右川は変わらない。
どんなに言い聞かせても頼み込んでも、今まで1度だって変わらなかった。
恐らく、これからも変わらないだろう。
「いいよ、帰れ」
「お♪」
「会長は急病って事にしておく」
「あっそ。つーか、何で怒ってんの」
「怒ってねーよ。帰りたいんだろ。具合悪いんだろ。帰ればいいだろ」
「なにその逆ギレ。お金戻ったんだから、良かったじゃーん」
「金の問題じゃない!」
まるで他所の国の言葉を聞くみたいに、きょとん、右川は目を丸くした。
焦燥感が、全く伝わっていない。
俺はその場を立ち去った。振り返りもしなかった。
そこから予算委員会に直行する訳だが、ふと背中に気配を感じて振り返ると……右川が居る。3メートル後方に。
思わず2度見、3度見した。
いつになく強気な俺の態度に、さすがに気持ち悪いと感じたか。帰っていいと言ったのに、右川は俺の後を付いて来る。それも、きっちり3メートルの間を空けて。
目が合った。途端に、右川は天を仰いで、他人の振り。
誰が親切にツッコんでやるもんか。おまえは、天邪鬼が過ぎる!
右川はおとなしく会場入りした訳だが。実際は、桂木と浅枝に挟まれて、逃げられなかったと見るのが妥当かもしれない。
時折咳き込んで見せるが、フラついている様子はなかった。本人が言う通り、座っているだけでもいい……またしても右川の言う通りに収まる気がして、俺は溜め息をつく。
リセット。
クールダウン。
体力温存。
これから、魔物と戦わなければならない。
予算委員会は、5時間目が丸ごとその議会に充てられていた。
緊張感を漂わせているのは、一部だけ。他は、知り合いを見つけて雑談、おフザケ、ボケとツッコミ。時間を持て余してゲームするヤツ。マンガを読むヤツ。スマホばかりを覗くヤツ。
それは毎年の事だが、何だかやけに出席者が多い……気がする。
よく見れば、文化系はどの団体もMAX3人が出席。毎年、こじんまりした団体は部長が1人で出席するのが殆どだ。それが少々、妙だと感じた。
驚いた事に、例の、あのBL研究会も何故か出席している。
「「「今後のために勉強。見学ですぅー」」」
ヒヒヒと、怪しく謎めいた。
本来、活動費を求める部以外の出席は認めていない。というか、その他は無関係だから出席しても意味が無いのだ。まさか本気で、部への昇格を望んでいる?
BL研は、まるで授業のように熱心にノートを取り始めた。まだ何も始まっていないのに。
壇上には議長の、俺。その後ろの長テーブルに3役が着く。
阿木と桂木は議事録に集中。浅枝は計算資料などをいつでも出せるように準備に余念がない。真木は、様子を見てどちらの補佐にも着ける位置だ。
右川は、独立して少し離れた会長席で……半分、不貞腐れている。
鈍感め。
そのまま、訳のわからない罪悪感の渦中に沈んでろ。
『それでは始めます』
マイクのボリューム、最大だ。
いつものように言い返してこない。俺は、そこまで右川を追い詰めた。
永い永い、沈黙だった。どれだけの時間、そうしていただろう。
次第に、胸内に罪の意識が疼いてくる。なんて厄介なのか。
「だから、俺が言いたいのは、もっと別の方法があったはずで」
今から思えば……落ち着いて考えたら分かる事。
バドの1万円をネコババして金が工面できたなら、そこからもう宝探しは必要無くなる。だが、右川は宝探しを止めなかった。
それが妙だ。納得できない。何か理由が?……と、そこまで考えて、どうして俺がそこまでして右川を思いやり、胸中を理解してやらなきゃなのか。
正直に打ち明けてもくれず、頼られもしないというのに。
ただただ、残念だ。
右川ともあろう悪ガキが、どうしていつものように姑息に、ズル賢く立ち回ってくれなかったのか。せめて、俺なんかには罪悪感を感じさせない程、狡猾に、したたかに。こんな事なら、1万円は俺の財布から抜き取ったと、そう聞かされた方がマシだった。
右川はまた1つ、咳き込む。
「もー……これ熱ある。絶対。もう無理。あんたが何言ってんのか全然分かんない。そんな難しい事考えてらんないって」
俺は、ここで、お金が戻ってきた事を伝えた。
封筒を、目の前に出して見せると、右川は、ぱあっと笑顔を咲かせて、
「そう!これこれ!くまもんくまもん!会いたかったぁー!」
封筒を握りしめ、安堵の表情を浮かべて、その場に右川は膝から崩れた。
もし、悩みを共有していたら、俺も一緒になって安堵しただろう。
見つかって良かったと、共に笑えた。マジで泣けたかもしれない。
右川は、俺とそんな感情を分かち合おうとはしない。
自分勝手な決着で、こっちを掻き乱し、おまけに罪悪感というお土産まで持たされる。泣かなくてよかった。それでは俺が、あまりにも可哀想過ぎる。
右川は立ち上がった。1度、陽気にひらりと回転したかと思うと、
「じゃこれ、マッキーに返していいんだよね?」
「それはもう……」
「自由だぁ!最高!」と、右川は大きく伸びをした。
いつもそうだが、こっちの様子にはお構い無し。この鈍感力が妬ましい。
右川はまた咳こむ。苦しそうにえづいた。
随分こじらせているけど、それがなんだ。
「あたし、今度こそ真面目にバイトしなきゃ。モチベーションが上がってきた!熱も!」
ストレス・フリーで満面の笑み。エクボが深く刻まれて……そうは行くか。
このまま5時間目はサボると言う……そうは行くか。
「この後、肝心の予算委員会だろ。本番どうすんだよ」
「あんた、やっといて」
すっかり、いつもの右川に戻った。
今なら分かる。
俺に対する媚もやる気も、罪悪感から来るパフォーマンスだった。
「おまえ会長だろ。出なくてどうする」
「あたしどうせ座っとくだけでしょ。する事ないじゃん」
水道の蛇口をひねって、水を美味そうにゴクゴクと飲んだ。
「ぷはー!美味ぇ~っす」
「いつまでもワガママ言うな。そろそろ現実を受け入れて……」
と言い掛けて、止めた。
右川は変わらない。
どんなに言い聞かせても頼み込んでも、今まで1度だって変わらなかった。
恐らく、これからも変わらないだろう。
「いいよ、帰れ」
「お♪」
「会長は急病って事にしておく」
「あっそ。つーか、何で怒ってんの」
「怒ってねーよ。帰りたいんだろ。具合悪いんだろ。帰ればいいだろ」
「なにその逆ギレ。お金戻ったんだから、良かったじゃーん」
「金の問題じゃない!」
まるで他所の国の言葉を聞くみたいに、きょとん、右川は目を丸くした。
焦燥感が、全く伝わっていない。
俺はその場を立ち去った。振り返りもしなかった。
そこから予算委員会に直行する訳だが、ふと背中に気配を感じて振り返ると……右川が居る。3メートル後方に。
思わず2度見、3度見した。
いつになく強気な俺の態度に、さすがに気持ち悪いと感じたか。帰っていいと言ったのに、右川は俺の後を付いて来る。それも、きっちり3メートルの間を空けて。
目が合った。途端に、右川は天を仰いで、他人の振り。
誰が親切にツッコんでやるもんか。おまえは、天邪鬼が過ぎる!
右川はおとなしく会場入りした訳だが。実際は、桂木と浅枝に挟まれて、逃げられなかったと見るのが妥当かもしれない。
時折咳き込んで見せるが、フラついている様子はなかった。本人が言う通り、座っているだけでもいい……またしても右川の言う通りに収まる気がして、俺は溜め息をつく。
リセット。
クールダウン。
体力温存。
これから、魔物と戦わなければならない。
予算委員会は、5時間目が丸ごとその議会に充てられていた。
緊張感を漂わせているのは、一部だけ。他は、知り合いを見つけて雑談、おフザケ、ボケとツッコミ。時間を持て余してゲームするヤツ。マンガを読むヤツ。スマホばかりを覗くヤツ。
それは毎年の事だが、何だかやけに出席者が多い……気がする。
よく見れば、文化系はどの団体もMAX3人が出席。毎年、こじんまりした団体は部長が1人で出席するのが殆どだ。それが少々、妙だと感じた。
驚いた事に、例の、あのBL研究会も何故か出席している。
「「「今後のために勉強。見学ですぅー」」」
ヒヒヒと、怪しく謎めいた。
本来、活動費を求める部以外の出席は認めていない。というか、その他は無関係だから出席しても意味が無いのだ。まさか本気で、部への昇格を望んでいる?
BL研は、まるで授業のように熱心にノートを取り始めた。まだ何も始まっていないのに。
壇上には議長の、俺。その後ろの長テーブルに3役が着く。
阿木と桂木は議事録に集中。浅枝は計算資料などをいつでも出せるように準備に余念がない。真木は、様子を見てどちらの補佐にも着ける位置だ。
右川は、独立して少し離れた会長席で……半分、不貞腐れている。
鈍感め。
そのまま、訳のわからない罪悪感の渦中に沈んでろ。
『それでは始めます』
マイクのボリューム、最大だ。