God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
「僕、本当はリコーダーなんです」
……あれから。
ヤサぐれてやる!とは最初だけの勢い。
「これって、どうするんでしたっけ?」と相談にやって来る浅枝を無視も出来なくて、事実上、議長という名のもとに便利扱いされている。
だったら徹底的に関わって、実績を見せつけてやる!と勢い。
毎日、右川を捕まえて生徒会室に連行しようと試みるのだが、3時半になると当然のように、「じゃ、帰るね♪」と陽気に消える。
周りもどういう訳か、それを自然と見送る。
これが当たり前になりつつあるという事実が、俺を1番震わせるのだ。
どうにかして、あの、くそチビをこの場に縛りつけなくては。
何と言っても、会長なんだから!
何をエサに縛りつけるか。お菓子か。学校の備品か。ダイレクトに金か。
そんな事を企みながら、今日は殆ど無言で、作業をこなす。
4時になって、「ちょっと茶道部の会計のコと打ち合わせしてくる」という阿木を見送り、残りの4人で作業する事に。そろそろ5時という所で、「ちょっとバスケに顔を出してくる」と出て行く桂木を見送り、「彼氏を迎えに行きますぅ~そのまま帰りますぅ~」と、ノロケる浅枝を「行っちまえ」と追い出した。
程なくして、阿木が足早に戻って来て、猛スピードで自身のノルマをやっつけ、「疲れたわ」と、嘆いてサッサと帰って行く。
そして、生徒会室には俺と真木だけが残った。
2人だけになると、急に、ぎこちない空気に包まれる。
未だ慣れないのは、真木も、俺も。
「おまえは行かなくていいの。部活」
「あ、はい。今日は自主練習の日なので、自由に使えますから」
つまりは、そういう日を選んで生徒会作業と両立させていくのか。
次は何を会話に出せばいいかと迷っていると、そのうち真木の方から、「あのうー……」と、弱弱しく切り出した。
「僕、入学して生徒会に入ってから、やたら注目されてるみたいで」
「うん」
それは勘違いではない。いろんな意味で。
「気のせいでしょうか。誰かに監視されてるような気がするんですけど」
「考えすぎだろ」とは言ったものの、あながち間違いでもない気がする。
「バスケ部が闇打ちとか、そんなの無いですよね?イジメとか。火つけろとか」
あぁー……と、そこで頭を抱えて、真木は机に突っ伏した。
妄想を最大限に膨らませて、恐れていた。
吹奏楽とバスケ部の対立が、早くも新入生の間に植えつけられてしまったか。気休めを100も承知で、「考えすぎだって」と笑って見せた。
ところでさ。
「右川と、どういう話で、こうなったの」
生徒会に入る事になった経緯。それを、まだ聞いた事が無かった。
真木は、右川と同じ中学の出身ではないと聞く。
真木は半泣きで顔を上げると、
「僕、本当はリコーダーなんです」
……答えになってないけど。
唐突に何を言い出すのかと訝りながらその先を促すと、聞けば、入学早々。
真木は中学から続けているリコーダーを片手に、意気揚揚、吹奏楽の部室に赴いた。
そこで、「リコーダー?そんなの求めてねーよ。要らね。ユーフォかフルート」と、重森に一蹴されたらしい。
「リコーダー、やらせてください。何でもしますから。部室の掃除も。楽器の手入れも」
喰い下がった真木に向かって、重森はこう言い放った。
〝だったら生徒会に入ってこい。それが出来たら考えてやる〟
「僕、困っちゃって」
だろうな。
ていうか、無理を承知で重森にイジられた、だけ。
それでも当たって砕けろとばかりに、真木は右川本人に直談判した所、それが意外にもあっさりと認められたという。
「マジで?それだけで?」
さすがに驚いた。真木は頷くと、
「あの後、書記になりましたって報告に行ったら、重森部長も凄く驚いてました」
でしょうね。
執行部と重森だけではない。真木の入閣は、永田率いるバスケ軍団をも驚愕の淵に叩きこんだ。桂木は、取引で約束された俺の身柄を案ずるより先に、「こんなの聞いてない」と困惑を露わにする。思い通り&約束通りにならないのが右川カズミだ。
これから、どうなっていくのか。先の見えない展開である。
「あの、重森部長からなんですけど」と、真木は何やら紙を広げた。
「さっそく何か言われた?」
「はい……」と、真木は、ますます表情を曇らせて、「〝ティンパニの前金、よこせ〟〝ステージの演劇部がウザい〟〝アニソンが下品。耳が潰れる〟あと、これは……」
真木の表情が曇る。
「こんな金額の領収書を何の説明もなく出すなんて」と、その顔色はますます悪くなった。
「沢村先輩にかかったら、ツブされるって決まってるのに」
明細を取り上げると〝公会堂ステージ使用料 全額〟とある。
勝手に参加したイベントの場所代を事後報告、当然のように寄越せと言い張る。一体、どこの世界の常識だろう。
「あれこれ、こういう苦情は次々に来るんですけど、どうしましょうか」
真木の苦しい立場は理解できる。俺は同情を100パーセント込めて頷いた。
「真木は、とりあえず聞いてればいいよ」
「だけど、聞くっていったって」
「やっときます、って言っとけば」
「え……」
「重森には、沢村先輩が適当にやってくれましたよって言っとけば」
「それで本当にいいんですか」
いいんです。
やったかどうか、後は〝俺任せ〟。それなら真木に責任は無いだろ。
納得と不安をゴチャ混ぜにして、真木は「はは……は」と中途半端な笑みを浮かべた。
そこに、偶然鳴りだしたスマホを取り上げて、器用に操作すると、
「あ、ハイ。楽譜はあります」
真木は通話しながらナナメ掛けカバンを大きく開いた。
「ハイ。それも受け取りました」と、側の長い楽器ケースを開くと、そこにあったのはリコーダー……ではなく、いつだったか、俺も1度だけ手に取った事のあるフルートだった。
そこで通話が終わったようで。
俺と目が合って、真木は泣きそうな顔になったかと思うと、「はァー」と溜め息をついた。
「こないだ辞めたっていう先輩から譲り受けたんですけど。これ」
〝逃げるなら今のうち〟
という捨て台詞と共に、このフルートを託されたらしい。そう言えば、去年の終わり頃からか、吹奏楽は出たり入ったりの移動が激しくなった。
重森の怪気炎も休むヒマが無いといった所だろう。
「でも僕、本当はリコーダーなんです」
「うん」(それはさっきも聞いた)
「これは、重森さんに強引に渡されて。今は仕方なく、2年生の琴乃さんに教わってるんですけど」
「2年の琴乃……?」
思い出そうと記憶を辿る。
「その先輩。前に、沢村先輩にフルート拾ってもらった事があるって、笑ってましたよ」
その笑いの原因は、アレだな。思い出すだけで、こっちは恥ずかしさで顔色が悪くなる。(気になる人、暇な人は、第3話へGO!)
真木はその辺は聞いていないようで、わざわざ恥を蒸し返す事もないと、俺は黙った。
「楽器と楽譜を渡されて、とりあえず課題曲を完璧に入れようって言われるんですけど」
〝でも本当は、僕はリコーダーですから〟
一寸の虫にも五分の魂。
プライドを掛けて、そこは譲れないと言う事だろう。
リコーダーを続けるために、フルートも何とか習得する……真木も、色々と理不尽な事を受け入れて、闘っているようだ。
「俺も本当は、生徒会やってる筈じゃなかったんだけどな」
真木を相手に、つい愚痴ってしまった。
同じ境遇を思い合うように、どちらからともなく笑うと、
「何とか頑張ろうな。ここは女子が多くて、面倒くさい事もあると思うけど」
「はい」
その昔、浅枝を教育しろと言われた頃を思い出した。
真木のような男子は、時にバスケ部から嫌がらせをまともに受けたら撃沈は必至だろう。浅枝以上に気を使ってやらないと。
桂木と付き合っている事になって以来、「沢村はバスケ側だ」と、吹奏楽から影口を叩かれている。吹奏楽の真木が生徒会に入った事は、認めたくはないが、ある意味、均衡を保つには都合が良かった。
こう言う時、思うのだ。またしても右川に都合良く収まっている。
そこまで見据えて、右川が真木を入れたとは……俺まで都合良く考えたくはなかった。その場のノリで安易に受け入れたと言い張ってやる。
話していれば分かる事だが、真木は敵ではない。戦う相手とは違うと感じた。
俺もそこは受け入れて、真木に降りかかる色々と戦ってやらなくては……。
そこで、何だか気配がすると、真木は立ち上がってドアを開けた。
キャーッ!という女子の黄色い悲鳴と同時に、バタバタと足音が続く。
「あのー、何か用ですかぁ?」
真木は声を張り上げているのだが、誰の返事も聞こえて来ない。
「どうしたの?」
「女子が……居たんですけど」
叫んだきり、何も言わずに逃げていったらしい。
「知ってるヤツ?」
「いいえ。2年生だと思います。3人共、青いジャージでしたから」
浅枝を探して?それとも他の用件。
「沢村先輩のファンですか」
「そんなの無い無い」
単なる、冷やかし。
「3人共、ドラム缶みたいな体型でしたよ」と真木は笑った。
そう聞いても、思い当たる3人組が頭に浮かんでこない。いや、ドラム缶というか、ドラえもん体型が3年に1人、居るには居る。だが、ここでそれを言っても意味無ぇし。
そこで、「あのう、ちょっと聞きたいんですけど」と、真木は言いにくそうに、
「生徒会役員として、成績というか、試験の結果とか、気にされますか?」
特にそんな縛りは無いけど。
「追試じゃなければ、いいんじゃないかな」
それは生徒会と言うより、自身の問題として。
追試になったからといって、生徒会を追放するという暴挙には至らない筈だ。それは、右川会長が自ら証明済みである。
「追試って事は、無いと思いますけど」と、真木は苦笑いで溜め息をついて、「吹奏楽は、成績がある程度良くないとダメみたいで。今度の中間がさっそくプレッシャーです」
文化系に限らず、最近はそこを強く主張する団体が多い。
学業との両立という金看板に加え、吹奏楽は有名大学に進学した華やかな卒業生OBが無言のプレッシャーを掛けるから、部員の苦悩は尽きないだろうな。
「あ、そうだ。忘れてた」
真木は思いついたように、カバンから何やら箱を取り出す。
「これは、いちおう挨拶という事で」
と箱を開けたら、カスタード・クリーム・ケーキ。
「洗剤とかステーショナリーとか、そっちが良いですか。まさか現金とか」
何の悪気も無い。だから厄介だとも言える。
「あのさ、そういう事はしなくていいから」
「沢村先輩に媚売ったら、何かいい事あるかもよ~♪って聞いたんですが」
「誰が言ってんの。そんな事」
と一応、訊いてはみたものの、真木の言い様から察する事はできた。
……あの、くそチビ。
他人を口実に手に入れたスイーツを、自分のモノにする魂胆だな。
「わかった。会長には説教しておく」
「す、すみません。何か僕、チクったみたいだ」
「てゆうか、そういう事は、もれなくチクってくれ」
こう言う時、思うのだ。新人教育とは、基本、先輩の威厳を示す事から始まる。
右川に洗脳されてしまう前に、真木には生徒会の常識を植え付けなくては。
俺は、その細い肩をガッと掴んだ。
「あのさ」
残りの時間。カスタード・クリーム・ケーキを頬張りながら、俺は新人教育(という名の説教)にその情熱を費やす。
本日の作業、文科系グループの殆どを明日に残して、これにて終了。
マジ先が思いやられる。
ヤサぐれてやる!とは最初だけの勢い。
「これって、どうするんでしたっけ?」と相談にやって来る浅枝を無視も出来なくて、事実上、議長という名のもとに便利扱いされている。
だったら徹底的に関わって、実績を見せつけてやる!と勢い。
毎日、右川を捕まえて生徒会室に連行しようと試みるのだが、3時半になると当然のように、「じゃ、帰るね♪」と陽気に消える。
周りもどういう訳か、それを自然と見送る。
これが当たり前になりつつあるという事実が、俺を1番震わせるのだ。
どうにかして、あの、くそチビをこの場に縛りつけなくては。
何と言っても、会長なんだから!
何をエサに縛りつけるか。お菓子か。学校の備品か。ダイレクトに金か。
そんな事を企みながら、今日は殆ど無言で、作業をこなす。
4時になって、「ちょっと茶道部の会計のコと打ち合わせしてくる」という阿木を見送り、残りの4人で作業する事に。そろそろ5時という所で、「ちょっとバスケに顔を出してくる」と出て行く桂木を見送り、「彼氏を迎えに行きますぅ~そのまま帰りますぅ~」と、ノロケる浅枝を「行っちまえ」と追い出した。
程なくして、阿木が足早に戻って来て、猛スピードで自身のノルマをやっつけ、「疲れたわ」と、嘆いてサッサと帰って行く。
そして、生徒会室には俺と真木だけが残った。
2人だけになると、急に、ぎこちない空気に包まれる。
未だ慣れないのは、真木も、俺も。
「おまえは行かなくていいの。部活」
「あ、はい。今日は自主練習の日なので、自由に使えますから」
つまりは、そういう日を選んで生徒会作業と両立させていくのか。
次は何を会話に出せばいいかと迷っていると、そのうち真木の方から、「あのうー……」と、弱弱しく切り出した。
「僕、入学して生徒会に入ってから、やたら注目されてるみたいで」
「うん」
それは勘違いではない。いろんな意味で。
「気のせいでしょうか。誰かに監視されてるような気がするんですけど」
「考えすぎだろ」とは言ったものの、あながち間違いでもない気がする。
「バスケ部が闇打ちとか、そんなの無いですよね?イジメとか。火つけろとか」
あぁー……と、そこで頭を抱えて、真木は机に突っ伏した。
妄想を最大限に膨らませて、恐れていた。
吹奏楽とバスケ部の対立が、早くも新入生の間に植えつけられてしまったか。気休めを100も承知で、「考えすぎだって」と笑って見せた。
ところでさ。
「右川と、どういう話で、こうなったの」
生徒会に入る事になった経緯。それを、まだ聞いた事が無かった。
真木は、右川と同じ中学の出身ではないと聞く。
真木は半泣きで顔を上げると、
「僕、本当はリコーダーなんです」
……答えになってないけど。
唐突に何を言い出すのかと訝りながらその先を促すと、聞けば、入学早々。
真木は中学から続けているリコーダーを片手に、意気揚揚、吹奏楽の部室に赴いた。
そこで、「リコーダー?そんなの求めてねーよ。要らね。ユーフォかフルート」と、重森に一蹴されたらしい。
「リコーダー、やらせてください。何でもしますから。部室の掃除も。楽器の手入れも」
喰い下がった真木に向かって、重森はこう言い放った。
〝だったら生徒会に入ってこい。それが出来たら考えてやる〟
「僕、困っちゃって」
だろうな。
ていうか、無理を承知で重森にイジられた、だけ。
それでも当たって砕けろとばかりに、真木は右川本人に直談判した所、それが意外にもあっさりと認められたという。
「マジで?それだけで?」
さすがに驚いた。真木は頷くと、
「あの後、書記になりましたって報告に行ったら、重森部長も凄く驚いてました」
でしょうね。
執行部と重森だけではない。真木の入閣は、永田率いるバスケ軍団をも驚愕の淵に叩きこんだ。桂木は、取引で約束された俺の身柄を案ずるより先に、「こんなの聞いてない」と困惑を露わにする。思い通り&約束通りにならないのが右川カズミだ。
これから、どうなっていくのか。先の見えない展開である。
「あの、重森部長からなんですけど」と、真木は何やら紙を広げた。
「さっそく何か言われた?」
「はい……」と、真木は、ますます表情を曇らせて、「〝ティンパニの前金、よこせ〟〝ステージの演劇部がウザい〟〝アニソンが下品。耳が潰れる〟あと、これは……」
真木の表情が曇る。
「こんな金額の領収書を何の説明もなく出すなんて」と、その顔色はますます悪くなった。
「沢村先輩にかかったら、ツブされるって決まってるのに」
明細を取り上げると〝公会堂ステージ使用料 全額〟とある。
勝手に参加したイベントの場所代を事後報告、当然のように寄越せと言い張る。一体、どこの世界の常識だろう。
「あれこれ、こういう苦情は次々に来るんですけど、どうしましょうか」
真木の苦しい立場は理解できる。俺は同情を100パーセント込めて頷いた。
「真木は、とりあえず聞いてればいいよ」
「だけど、聞くっていったって」
「やっときます、って言っとけば」
「え……」
「重森には、沢村先輩が適当にやってくれましたよって言っとけば」
「それで本当にいいんですか」
いいんです。
やったかどうか、後は〝俺任せ〟。それなら真木に責任は無いだろ。
納得と不安をゴチャ混ぜにして、真木は「はは……は」と中途半端な笑みを浮かべた。
そこに、偶然鳴りだしたスマホを取り上げて、器用に操作すると、
「あ、ハイ。楽譜はあります」
真木は通話しながらナナメ掛けカバンを大きく開いた。
「ハイ。それも受け取りました」と、側の長い楽器ケースを開くと、そこにあったのはリコーダー……ではなく、いつだったか、俺も1度だけ手に取った事のあるフルートだった。
そこで通話が終わったようで。
俺と目が合って、真木は泣きそうな顔になったかと思うと、「はァー」と溜め息をついた。
「こないだ辞めたっていう先輩から譲り受けたんですけど。これ」
〝逃げるなら今のうち〟
という捨て台詞と共に、このフルートを託されたらしい。そう言えば、去年の終わり頃からか、吹奏楽は出たり入ったりの移動が激しくなった。
重森の怪気炎も休むヒマが無いといった所だろう。
「でも僕、本当はリコーダーなんです」
「うん」(それはさっきも聞いた)
「これは、重森さんに強引に渡されて。今は仕方なく、2年生の琴乃さんに教わってるんですけど」
「2年の琴乃……?」
思い出そうと記憶を辿る。
「その先輩。前に、沢村先輩にフルート拾ってもらった事があるって、笑ってましたよ」
その笑いの原因は、アレだな。思い出すだけで、こっちは恥ずかしさで顔色が悪くなる。(気になる人、暇な人は、第3話へGO!)
真木はその辺は聞いていないようで、わざわざ恥を蒸し返す事もないと、俺は黙った。
「楽器と楽譜を渡されて、とりあえず課題曲を完璧に入れようって言われるんですけど」
〝でも本当は、僕はリコーダーですから〟
一寸の虫にも五分の魂。
プライドを掛けて、そこは譲れないと言う事だろう。
リコーダーを続けるために、フルートも何とか習得する……真木も、色々と理不尽な事を受け入れて、闘っているようだ。
「俺も本当は、生徒会やってる筈じゃなかったんだけどな」
真木を相手に、つい愚痴ってしまった。
同じ境遇を思い合うように、どちらからともなく笑うと、
「何とか頑張ろうな。ここは女子が多くて、面倒くさい事もあると思うけど」
「はい」
その昔、浅枝を教育しろと言われた頃を思い出した。
真木のような男子は、時にバスケ部から嫌がらせをまともに受けたら撃沈は必至だろう。浅枝以上に気を使ってやらないと。
桂木と付き合っている事になって以来、「沢村はバスケ側だ」と、吹奏楽から影口を叩かれている。吹奏楽の真木が生徒会に入った事は、認めたくはないが、ある意味、均衡を保つには都合が良かった。
こう言う時、思うのだ。またしても右川に都合良く収まっている。
そこまで見据えて、右川が真木を入れたとは……俺まで都合良く考えたくはなかった。その場のノリで安易に受け入れたと言い張ってやる。
話していれば分かる事だが、真木は敵ではない。戦う相手とは違うと感じた。
俺もそこは受け入れて、真木に降りかかる色々と戦ってやらなくては……。
そこで、何だか気配がすると、真木は立ち上がってドアを開けた。
キャーッ!という女子の黄色い悲鳴と同時に、バタバタと足音が続く。
「あのー、何か用ですかぁ?」
真木は声を張り上げているのだが、誰の返事も聞こえて来ない。
「どうしたの?」
「女子が……居たんですけど」
叫んだきり、何も言わずに逃げていったらしい。
「知ってるヤツ?」
「いいえ。2年生だと思います。3人共、青いジャージでしたから」
浅枝を探して?それとも他の用件。
「沢村先輩のファンですか」
「そんなの無い無い」
単なる、冷やかし。
「3人共、ドラム缶みたいな体型でしたよ」と真木は笑った。
そう聞いても、思い当たる3人組が頭に浮かんでこない。いや、ドラム缶というか、ドラえもん体型が3年に1人、居るには居る。だが、ここでそれを言っても意味無ぇし。
そこで、「あのう、ちょっと聞きたいんですけど」と、真木は言いにくそうに、
「生徒会役員として、成績というか、試験の結果とか、気にされますか?」
特にそんな縛りは無いけど。
「追試じゃなければ、いいんじゃないかな」
それは生徒会と言うより、自身の問題として。
追試になったからといって、生徒会を追放するという暴挙には至らない筈だ。それは、右川会長が自ら証明済みである。
「追試って事は、無いと思いますけど」と、真木は苦笑いで溜め息をついて、「吹奏楽は、成績がある程度良くないとダメみたいで。今度の中間がさっそくプレッシャーです」
文化系に限らず、最近はそこを強く主張する団体が多い。
学業との両立という金看板に加え、吹奏楽は有名大学に進学した華やかな卒業生OBが無言のプレッシャーを掛けるから、部員の苦悩は尽きないだろうな。
「あ、そうだ。忘れてた」
真木は思いついたように、カバンから何やら箱を取り出す。
「これは、いちおう挨拶という事で」
と箱を開けたら、カスタード・クリーム・ケーキ。
「洗剤とかステーショナリーとか、そっちが良いですか。まさか現金とか」
何の悪気も無い。だから厄介だとも言える。
「あのさ、そういう事はしなくていいから」
「沢村先輩に媚売ったら、何かいい事あるかもよ~♪って聞いたんですが」
「誰が言ってんの。そんな事」
と一応、訊いてはみたものの、真木の言い様から察する事はできた。
……あの、くそチビ。
他人を口実に手に入れたスイーツを、自分のモノにする魂胆だな。
「わかった。会長には説教しておく」
「す、すみません。何か僕、チクったみたいだ」
「てゆうか、そういう事は、もれなくチクってくれ」
こう言う時、思うのだ。新人教育とは、基本、先輩の威厳を示す事から始まる。
右川に洗脳されてしまう前に、真木には生徒会の常識を植え付けなくては。
俺は、その細い肩をガッと掴んだ。
「あのさ」
残りの時間。カスタード・クリーム・ケーキを頬張りながら、俺は新人教育(という名の説教)にその情熱を費やす。
本日の作業、文科系グループの殆どを明日に残して、これにて終了。
マジ先が思いやられる。