God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
素直
同じクラスになったからこそ、分かる事がある。
右川は、クラスでは思いのほか、おとなしい。
つい最近まで、すっかり春だというのに黒いマフラーを何処でも身に着けるという奇行ぶりを見せつけてはいたものの、それを除けば、騒々しいといったような迷惑な言動は見られなかった。
思えば、今までの数々の迷惑行為は、全て俺に対する嫌悪感から発せられる物であり、右川自身が自ら興じて暴れたわけでは無い。
授業中は、先生の目を盗んで、ちまちまと、内職。
休憩中は、おとなしめの男子を捕まえて、こそこそと、雑談。
右川は一日中、そういった地味な娯楽に明け暮れている。
さっそくの席替え。クジ引き、悲願の1番後ろに当たったというのに、「あたしチビだから、ミノリと代わる」と自らへりくだって桂木と替わり、1番前の席に移動していた。
いつも図々しく自分の権利を主張する輩と同じ人物とは、到底思えない。
席が、俺と隣同志になるのが嫌だったからと、そう言う事もあるかもしれない。あるいは思いやりから、桂木と替わってやる口実に、チビという特権を利用したとも思える。
5組のクラスでは、阿木とは親しく口を利いていた。
休憩時間になれば、仲良しグループの仲間が入れ替わり立ち替わりやってくるようで、何やら賑やかにやっている。
だが他の賑やかなグループの声に掻き消されて、その存在感は限りなく薄い。
あの右川という女子は、大掛りなハッタリで選挙を迷わせ、ひっ掻き回したヤツと同一人物なのか。まるでウソのようである。
昼休み。今日も、教室の片隅、右川は仲間と仲良く弁当を囲んでいた。
というか、隅っこに小さく固まっていた。
輪の中に、去年俺と同じクラスで割と親しく口を利いていた進藤ヨリコがいる。未知の生命体・ドラえもん体型の松倉も居た。あと、どこかで見覚えのある女子が1人。そこに右川が入って、いつも決まってこの4人組。
見ていると、進藤がニコニコと繰り出す〝彼氏あるある〟を、恐らく彼氏イナイ歴18年近い3人が、こじんまり聞いているといった具合である。
進藤の声しか聞こえてこないと思ったら、不意に右川が身を乗り出して、
「あのさ、来月アキちゃんの誕生日なんだけど」
マジで?
俺もですけど。
思い起こせば、右川の惚気を拝聴するため、俺は石の塊のように扱われた過去があったな。親しい仲間なら、日常茶飯事に聞かされているんだろう。
案の定、「また、アキちゃん」「まだ、アキちゃん?」と、右川はブーイングを次々と喰らう。
「カズミちゃん、そろそろ現実見ようよ」
「初恋ってぇ~、実らないって言うもんねぇ~。次言ってみよう、次!」
仲間から次々と浴びせられ、それでも右川はメゲることなく、「いいのっ。これがあたしのリアルなのっ」と、痩せ我慢で意地を張る。
「今年はいい物あげたいなーって思ってさ。時計とか。バイトでもしようかなってね♪」
「他でバイト?それだと、お店の手伝いはどうすんの」
「うーん。それなんだよね」
「あんたの代わりに~、右川亭は手伝わないよぉ~。あたしはぁ~」
「てゆうか、そんな事させないもーん。松倉とライバルになりたくないもーん」
「てゆうか、ならないからぁ~。あんな枯れてるオジサン眼中ナイっ」
「てゆうか、まだオジサンじゃないっ。枯れてないっ」
てゆうか、おまえ会長だろ。
バイトなんかやってる場合か。生徒会の仕事はどうすんだ。
エビフライを齧りながら、うっかりツッコミそうになった。
「時計って、いくら位を考えてんの?」と、進藤が訊けば、右川は憂わし気に、「こないだ見たヤツ、5万ちょい、かな」と俯きがちに答えた。
右川の仲間は全員が一斉に、「「「高っか~い」」」と非難囂々、声を挙げる。
「来月まで5万って、どんだけ働くの」と、進藤はさらに突く。
確かに、よっぽど割の好いバイトじゃないと間に合わない。
「高校生からそんな値段もらったら、引くよ。これ一体どっから出てきたお金?って、心配しちゃうって。カズミちゃんだったら、5千円位が可愛気あるんじゃない?」
進藤のその提案に、1本。さすがリア充は違う。常識的で、説得力がある。
「そっかぁ。確かに、アキちゃんならそうかも」と、これには右川も素直に頷いた。
素直。
素直。
素直。
同じクラスにでもならない限り、滅多にお目にかかれないだろう。
こんな反応。
実際、俺は初めて見た。
いや……確か前もあった。あったな、確か。
だがそれは俺では無く、山下さんの前で。
「カズミちゃんって今、どんぐらいなら出せるの?」
「1500円。へへへ♪」
「それだと、ケーキ買ったら終わりだね」
右川は弁当箱にうずくまって、撃沈。だがすぐに顔を上げて、
「アキちゃんと結婚したら返すから、お金貸して♪」
往生際の悪さをひけらかして、仲間をドン引きさせた。
そこで、教壇の高台で2~3人の仲間に囲まれている黒川が、「オイ。沢村ぁ」と、呼ぶので行ってみれば、「あ、オマエはもう要らないんだったー」と、すぐさまド突き帰される。
最初からド突く事が目的としか思えない。
何かと思えば、合コンのお誘い……黒川は飽きもせず、励んでいるのか。
「このコ、いい娘なんだけどガードが堅くてさ。こないだ姉ちゃんがくっ付いてきて。マジ分かんね。引くワ」
「でもその姉ちゃんが割とイケてた気がする。女子大生だろ」
「ババァか」
「何言ってんだ、オメ。僕ライン・チャージしたもんね」
「ウソ。マジ?」
画像があると言うので、そこら辺が「どれどれ」とばかりに、そいつのスマホに群がった。そこで、「ねーねーねー」と俺は誰かに袖を引っ張られる。
それに気を取られて、肝心のイケてる姉さんの顔が見れないまま……さすがにムッときて、「なんだよ」と振り返った所、目先には誰もいない。よく見れば目下に右川が居て……それに気付くまで、しばらく目線が遊ばれてしまった。立ってる俺と、座ってるチビ。想定外の距離感。面倒くさい事この上ない。
「なんだよって」
「呼んだの、あたしじゃないよ。松倉だよ」
パクッと玉子焼きを頬張る右川のその背後に、でーんと〝ドラえもん〟。
チビが前。ドラえもんはその後ろ。
それなのに、ドラえもんの方が大きく見える。
遠近感をアザ笑うこの光景に、こっちは自身の視力を疑って眩暈がした。
「沢村先生ぇ、今日提出の英語の課題ぃ~。やったぁ~?お金もらうから、見してぇ~」
相変わらず、ヒトを小馬鹿にしたような、抑揚で伸びきって要領を得ないその言い方。
「先生じゃねーし。金無ぇし。見せない。自分でやれ」
冷たく言い放つと、「ほら。アタリマエだろっ♪」と、右川がオドけた。
敢えてそれは言わないで置いたのに。
それを訊いた右川の仲間が、同時にプッと噴き出した。
何だか納得いかないと、机に広げられたお菓子を1つ、奪ってみる。
2年で同じクラスだった進藤は相変わらず愛想よく、「どーぞどーぞ」と、もっと喰えと色々寄越した。
チビとドラえもん松倉。進藤は別として、あと1人は……見覚えがあるような、ないような。それだけ大人しく、こじんまりとした女子である。
確か……折山さん。
こういう女子が右川と一緒のグループに収まっている事が信じられない。
俺は右川の頭を軽く叩いて、「昨日どうしたんだよ。毎日ちゃんと出て来いってんだろ。会長がサボったら新人の真木に示しがつかないんだからな」
今日は忘れんな!と、右川に釘を差して、自分の机に戻った。
そこに、何やらプリントを持って桂木が俺の元にやってくる。
「これ、もう出した?」
右川は、クラスでは思いのほか、おとなしい。
つい最近まで、すっかり春だというのに黒いマフラーを何処でも身に着けるという奇行ぶりを見せつけてはいたものの、それを除けば、騒々しいといったような迷惑な言動は見られなかった。
思えば、今までの数々の迷惑行為は、全て俺に対する嫌悪感から発せられる物であり、右川自身が自ら興じて暴れたわけでは無い。
授業中は、先生の目を盗んで、ちまちまと、内職。
休憩中は、おとなしめの男子を捕まえて、こそこそと、雑談。
右川は一日中、そういった地味な娯楽に明け暮れている。
さっそくの席替え。クジ引き、悲願の1番後ろに当たったというのに、「あたしチビだから、ミノリと代わる」と自らへりくだって桂木と替わり、1番前の席に移動していた。
いつも図々しく自分の権利を主張する輩と同じ人物とは、到底思えない。
席が、俺と隣同志になるのが嫌だったからと、そう言う事もあるかもしれない。あるいは思いやりから、桂木と替わってやる口実に、チビという特権を利用したとも思える。
5組のクラスでは、阿木とは親しく口を利いていた。
休憩時間になれば、仲良しグループの仲間が入れ替わり立ち替わりやってくるようで、何やら賑やかにやっている。
だが他の賑やかなグループの声に掻き消されて、その存在感は限りなく薄い。
あの右川という女子は、大掛りなハッタリで選挙を迷わせ、ひっ掻き回したヤツと同一人物なのか。まるでウソのようである。
昼休み。今日も、教室の片隅、右川は仲間と仲良く弁当を囲んでいた。
というか、隅っこに小さく固まっていた。
輪の中に、去年俺と同じクラスで割と親しく口を利いていた進藤ヨリコがいる。未知の生命体・ドラえもん体型の松倉も居た。あと、どこかで見覚えのある女子が1人。そこに右川が入って、いつも決まってこの4人組。
見ていると、進藤がニコニコと繰り出す〝彼氏あるある〟を、恐らく彼氏イナイ歴18年近い3人が、こじんまり聞いているといった具合である。
進藤の声しか聞こえてこないと思ったら、不意に右川が身を乗り出して、
「あのさ、来月アキちゃんの誕生日なんだけど」
マジで?
俺もですけど。
思い起こせば、右川の惚気を拝聴するため、俺は石の塊のように扱われた過去があったな。親しい仲間なら、日常茶飯事に聞かされているんだろう。
案の定、「また、アキちゃん」「まだ、アキちゃん?」と、右川はブーイングを次々と喰らう。
「カズミちゃん、そろそろ現実見ようよ」
「初恋ってぇ~、実らないって言うもんねぇ~。次言ってみよう、次!」
仲間から次々と浴びせられ、それでも右川はメゲることなく、「いいのっ。これがあたしのリアルなのっ」と、痩せ我慢で意地を張る。
「今年はいい物あげたいなーって思ってさ。時計とか。バイトでもしようかなってね♪」
「他でバイト?それだと、お店の手伝いはどうすんの」
「うーん。それなんだよね」
「あんたの代わりに~、右川亭は手伝わないよぉ~。あたしはぁ~」
「てゆうか、そんな事させないもーん。松倉とライバルになりたくないもーん」
「てゆうか、ならないからぁ~。あんな枯れてるオジサン眼中ナイっ」
「てゆうか、まだオジサンじゃないっ。枯れてないっ」
てゆうか、おまえ会長だろ。
バイトなんかやってる場合か。生徒会の仕事はどうすんだ。
エビフライを齧りながら、うっかりツッコミそうになった。
「時計って、いくら位を考えてんの?」と、進藤が訊けば、右川は憂わし気に、「こないだ見たヤツ、5万ちょい、かな」と俯きがちに答えた。
右川の仲間は全員が一斉に、「「「高っか~い」」」と非難囂々、声を挙げる。
「来月まで5万って、どんだけ働くの」と、進藤はさらに突く。
確かに、よっぽど割の好いバイトじゃないと間に合わない。
「高校生からそんな値段もらったら、引くよ。これ一体どっから出てきたお金?って、心配しちゃうって。カズミちゃんだったら、5千円位が可愛気あるんじゃない?」
進藤のその提案に、1本。さすがリア充は違う。常識的で、説得力がある。
「そっかぁ。確かに、アキちゃんならそうかも」と、これには右川も素直に頷いた。
素直。
素直。
素直。
同じクラスにでもならない限り、滅多にお目にかかれないだろう。
こんな反応。
実際、俺は初めて見た。
いや……確か前もあった。あったな、確か。
だがそれは俺では無く、山下さんの前で。
「カズミちゃんって今、どんぐらいなら出せるの?」
「1500円。へへへ♪」
「それだと、ケーキ買ったら終わりだね」
右川は弁当箱にうずくまって、撃沈。だがすぐに顔を上げて、
「アキちゃんと結婚したら返すから、お金貸して♪」
往生際の悪さをひけらかして、仲間をドン引きさせた。
そこで、教壇の高台で2~3人の仲間に囲まれている黒川が、「オイ。沢村ぁ」と、呼ぶので行ってみれば、「あ、オマエはもう要らないんだったー」と、すぐさまド突き帰される。
最初からド突く事が目的としか思えない。
何かと思えば、合コンのお誘い……黒川は飽きもせず、励んでいるのか。
「このコ、いい娘なんだけどガードが堅くてさ。こないだ姉ちゃんがくっ付いてきて。マジ分かんね。引くワ」
「でもその姉ちゃんが割とイケてた気がする。女子大生だろ」
「ババァか」
「何言ってんだ、オメ。僕ライン・チャージしたもんね」
「ウソ。マジ?」
画像があると言うので、そこら辺が「どれどれ」とばかりに、そいつのスマホに群がった。そこで、「ねーねーねー」と俺は誰かに袖を引っ張られる。
それに気を取られて、肝心のイケてる姉さんの顔が見れないまま……さすがにムッときて、「なんだよ」と振り返った所、目先には誰もいない。よく見れば目下に右川が居て……それに気付くまで、しばらく目線が遊ばれてしまった。立ってる俺と、座ってるチビ。想定外の距離感。面倒くさい事この上ない。
「なんだよって」
「呼んだの、あたしじゃないよ。松倉だよ」
パクッと玉子焼きを頬張る右川のその背後に、でーんと〝ドラえもん〟。
チビが前。ドラえもんはその後ろ。
それなのに、ドラえもんの方が大きく見える。
遠近感をアザ笑うこの光景に、こっちは自身の視力を疑って眩暈がした。
「沢村先生ぇ、今日提出の英語の課題ぃ~。やったぁ~?お金もらうから、見してぇ~」
相変わらず、ヒトを小馬鹿にしたような、抑揚で伸びきって要領を得ないその言い方。
「先生じゃねーし。金無ぇし。見せない。自分でやれ」
冷たく言い放つと、「ほら。アタリマエだろっ♪」と、右川がオドけた。
敢えてそれは言わないで置いたのに。
それを訊いた右川の仲間が、同時にプッと噴き出した。
何だか納得いかないと、机に広げられたお菓子を1つ、奪ってみる。
2年で同じクラスだった進藤は相変わらず愛想よく、「どーぞどーぞ」と、もっと喰えと色々寄越した。
チビとドラえもん松倉。進藤は別として、あと1人は……見覚えがあるような、ないような。それだけ大人しく、こじんまりとした女子である。
確か……折山さん。
こういう女子が右川と一緒のグループに収まっている事が信じられない。
俺は右川の頭を軽く叩いて、「昨日どうしたんだよ。毎日ちゃんと出て来いってんだろ。会長がサボったら新人の真木に示しがつかないんだからな」
今日は忘れんな!と、右川に釘を差して、自分の机に戻った。
そこに、何やらプリントを持って桂木が俺の元にやってくる。
「これ、もう出した?」