God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
〝せとかい〟と〝スイソー〟その2つが仲良く相々傘
陳情。
提案。
意見書。
手を変え、品を変え、名前を変えて、それは続く、今日この頃。
桜はとっくに散って、新しい時間割も定着した、今日この頃。
予算委員会を見据えて、同好会、愛好会、研究会は、部に格上げ&活動費ゲットを狙う、今日この頃。
あちこちが機嫌取りとも思えるアピールを仕掛けてくるのも、今日この頃。
差し入れなどはその最たる物。生徒会室、机の上は、お菓子だらけになった。
「こういう作業の合間に、スイーツって嬉しいですよね」と、ばかりに、浅枝などは都合良く頂いているのだが、当然と言えば当然、だからと言って見返りなんか、何も無い。
そんな、〝双浜高の放課後・部活事情〟。
それは、正規に認められた団体を筆頭に、同好会、愛好会、研究会などがブラ下がる、歴然としたヒエラルキー世界である。
新しく発足する団体は、5人以上の人員、そして顧問の先生を充てる事が必須であった。そうやって公式に認められない限り、学校側から活動費は貰えない。
そんな色々が面倒くさいと言えば、極論、団体なんて作ろうと思えば1人でも勝手に作れた。それこそ毎年、名を変え人を変え、謎の団体がゲリラ的に発生している。そしていつの間にか消滅している……というのが非公認団体の現状である。
アニメ研。ラノベ研。BL研。投稿マニア・ワナビ会……これらは似たようなジャンルで、どうせなら1つにまとまれば?と思うが、そこをつついて、うっかり部に昇格されても(予算的に)困るので、放ったらかす。
合唱部から飛び出した〝オペラ研究会〟。ディーヴァ愛好会。タカラヅカ・サークル。カラオケ歌っちゃいましょータイム!。ハロー・パーリー・ピーポー……これらは、それぞれ、まとまりたくない理由があるらしく(分かる気もする)、やっぱりそのまま。
環境活動を仕切る〝エコ・クラブ〟。
校内のありとあらゆる記録をデータ化している〝双浜情報会〟。
どちらも人数が足りなくて、そのまま……だがこの辺りは先生からの推薦、部員の真面目なアピールもあって、ルール度外視で認めてやりたいとも思うが、だからといって特別扱いをする訳にもいかないと、やっぱりそのままだ。
放課後、右川を引きずって生徒会室に入れば、今日は俺の合図を待つまでもなく、みんな昨日からの作業を黙々と続けていた。桂木は居なかった。今日は少し部活に顔を出すと聞いている。
さっそく、阿木が困った様子でやってきて、「吹奏楽。かなり部員が辞めて、部費が集まらないから、その分、活動費を上乗せしろって言ってきたわよ」
「ナメてんのか」
俺は、双浜全校生徒の意思を代弁した。
部費はあくまでも部内で自由に調整して決める事。
つまり自分たちでどうにかする事。
部員が減ったからといって、それこそ吹奏楽だけを特別扱いで支援するワケにはいかない。分かり切った事だ。分かりきっているのに無謀な要求をブッ込んでくるという、相変わらずの、重森という名の暴君。
「あと、占い研究会。囲碁クラブ。フィギュア萌えの会。それぞれ新しく発足したって報告受けたけど」
「正式に?」
「いいえ。勝手に」
「言わなくていい」
聞くだけ、ムダ。
「この占い系。何度発足して、何度消えれば気が済むのかしらね」
阿木は溜め息をついた。
俺達生徒会の隠語において、このような団体はゾンビ・サークルと呼ばれる。
基本、公式に認められなくてもいいという団体は、売るほどあった。
どこでも自由に作ってくれ。そして消えてくれ。
こっちも笑うしかないんだよー、あはは。
右川は、のんびり会長椅子に腰かけた。「暴れると山下さんに連絡するぞ」と脅したので、とりあえず居付くには居付いた。
「これ。おまえの分な」と電卓と計算作業を目の前に置く。
だが、それはそっちのけ。いつものようにパンパンのリュックからスマホを取り出して……俺はまずそのスマホをひったくり、リュックも取り上げた。
こうなったら根比べ。
周りは黙々と自分の作業に没頭している。そのうちヒマを持て余して、右川は遊び始めるだろう。案の定、右川はまず、お金を数える浅枝に牙を向いた。
「えっと、1,2,3,4……」と、お札を折る浅枝の横で、
「32,45,6,3,2,11……」
「あれ?分かんなくなったじゃないですかぁーもうーヤダー」
浅枝が困った様子で天を仰ぐのを見て、右川は愉快そうにケケケ♪と笑う。
「おい。邪魔すんなら、か……」
帰れ、と言い掛けて、それはマズイと押し殺した。
それを言ってしまったら、大喜び。さっそく大パレードで帰ってしまう。
驚くのが、それを見ている阿木は、いつだったか作業を愚痴る俺に向けて、「手を動かしましょう」とビシッと放ったように、冷静に、右川を注意するかと思いきや、クスッと笑って、
「極上の嫌がらせね。そういう邪魔に惑わされず、お金を数えられるかどうか。銀行の研修でやらされるって聞いた事あるけど」
「へぇー」
そうなのか。
「だからといって、こいつの嫌がらせを正当化する理由にはならないだろ」
「ふぅ~。数えました。合ってます」と、浅枝が笑顔を見せると、「グッジョブ」と、右川がパチパチと手を叩いた。
その時である。
「こびと先輩、紙の予備ってどこですか?」
真木の放った1言は、ちょっとだけ気のまぎれる小さな衝撃であった。
「何?」と、聞き返した俺を、真木は無邪気にカン違いして、
「紙です。できればB4サイズの」
いや、それではなくて。
「「こびと先輩?」」と、阿木も浅枝も、辺りを見回した。(俺も)。
「B4?知らなーい。食べた事無―い。アタリマエに訊いて」と、右川が反応した所から推測して、やっぱりというか〝こびと先輩〟とは、右川の事か。
「こびとって……それって、どうなんでしょうか」と浅枝は顔をしかめた。
「先輩って付けてるし。最後は敬語だし。咎める事なのかどうか」と、阿木も先輩としてどう注意していいのかわからない様子。阿木と浅枝の2人は、着地点を探して落ち着かずにいる。
すると、「あ、いーのいーの。あたしが、それでいいって言ったの」と来て、右川本人が納得しているなら、周りがムダに怒るわけにもいかないという結論に至る。
確かに他人が怒ることでも無いけど……だが、もし俺が〝のっぽ先輩〟と呼ばれたら、舐めてんのかコラ、と威嚇するぐらいに空気は凍る。
とりあえず、2人は先輩後輩の壁を物ともせず、大分、砕けた仲だと言うことは分かった。
「真木くんってさ、彼女とかいるぅ?」
右川の方も、もう何の遠慮もなく、ストレートな質問をブッ込む。
「今は一人ですよ。彼女欲しいですけど、どうしたらいいですかね」
真木は、右川なんかにするだけムダの恋の相談を始めた。
真木は、早くも小学校5年生で既に女子と付き合ってたらしい。
「文房具を交換したり、ゲームしたり、遊んでるみたいなもんですよ」
でしょうね。
「チューまでは、しましたよ。一応」
でしょうね。
いや、そこまで言わなくていいし。
「女の子とちゃんと付き合ったのは中学ん時で。同じリコーダー部の子で」
聞いていると、とどのつまり、途切れた事が無いという自慢らしかった。
程なくして、阿木が、「話もいいけど、手を動かしましょう」と来て……室内は静まり返る。阿木は、新人に対しては教育的立場に甘んじてくれるらしい。
黙々と作業に戻る。
だが、しばらくして、またしても沈黙を破ったのは真木だった。
「あの、こびと先輩は、なんで僕を生徒会に入れてくれたんですか」
そう言えば、右川本人には聞いた事が無かった。
そこは阿木も注意を忘れ、浅枝も作業に没頭するフリで興味深々、耳を澄ましている。
「入りたいって言ったからだよ」
「え?それだけですか?」
「うん」と、右川は頷いて、
「だってほら。アギングもチャラ枝さんもミノリも、入りたいって言うから入ってるんだし」
ね?と右川は、阿木と浅枝に笑い掛け、2人と何やら通じ合う。
「人数多い方がラクじゃん。入りたいって言うヤツら、全員入れちゃえ♪って、あたし思ってたもん」
俺は絶句した。だったら永田や重森はどうなるのか。
「あの2人でも入る可能性があったって事?」と、阿木がそこを訊ねてくれた所、
「あいつらは自分がボスになりたかった訳で。あたしんトコに入りたいとは聞いてないし。だーかーらー、入れないよ~ん♪」
「だったら、沢村先輩は?」と言葉を無くした俺の代わりに、浅枝が訊いてくれた。
俺は……右川に会長をやってくれとは言った。
自分が会長になったら、右川を入れてやるとも言った。
だが、自分が右川チームに入りたいとは……そこまではハッキリ言ってない。
「だーかーらー、議長だよ」
右川は、ケケケ♪と笑った。
トリッキーが過ぎる。後付けの嫌がらせとしか思えなかった。
そして、右川にとって、俺はあくまでも雑用要員。執行部の一員として認めていないと言う事が、今ここでハッキリと分かった。
そこに桂木が、「ごめーん」と、息も切れ切れに部屋に飛び込んできて、
「今日もお菓子がいっぱいだね」
テーブルの上のチョコをつまんで、そしてビスケットに手を伸ばそうとして、
「その前に、何か飲みたいな」
「あ、じゃ、あたし何か買ってこようか♪」と右川がニコニコと立ちあがる。
「待て」
そうはいくか。
「もう計算はいいから。次はこの書類に判を押して」
有無を言わさず、書類を目の前に積み上げた。スタンプを渡す。
「こんなのあんたがやれば。押すだけでしょ。簡単じゃん」
「簡単か。だったらオマエでもできるだろ。やれ」
右川はブスッとむくれて椅子に戻り、それでも1度はスタンプを手に取った。
紙の裏に1つ押す。続けて、2つ、3つ、まるでおもちゃを与えられたガキのように、今度はそこらじゅうに押して遊び始めた。
「ムダ使いすんな」と、アタリマエに一喝。
「そのスタンプは代々受け継いできた会長だけの特権。大事に扱え。押すだけだろ。それくらいちゃんとやれよ」
とはいっても、そのスタンプに特別な決定権があるわけではない。ただ下書きと最終的な書類を区別するため作ってあるに過ぎなかった。そして無用の下書き用紙がたまったら、乾燥地獄のシュレッダー作業が待っている。その後のゴミ処理まで……ケケケ。
右川には、とことん雑用だ。それに限る。議長はそう決めた。
右川は、スイスイと押していく。それを桂木が心配そうに横から覗いた。
「ね、ちょっとは読もうって気にならないの?」
「意味分かんないし。ていうか、この金額の根拠って何なの。バイトの時給?先生のボーナス?株価?」
「おまえは読まなくていい。余計なことすんな。黙ってろ」
突如、右川は立ち上がった。
腕まくり、めくれたシャツから剥き出しの俺の腕めがけ、ドン!と乱暴に1つ押す。
提案。
意見書。
手を変え、品を変え、名前を変えて、それは続く、今日この頃。
桜はとっくに散って、新しい時間割も定着した、今日この頃。
予算委員会を見据えて、同好会、愛好会、研究会は、部に格上げ&活動費ゲットを狙う、今日この頃。
あちこちが機嫌取りとも思えるアピールを仕掛けてくるのも、今日この頃。
差し入れなどはその最たる物。生徒会室、机の上は、お菓子だらけになった。
「こういう作業の合間に、スイーツって嬉しいですよね」と、ばかりに、浅枝などは都合良く頂いているのだが、当然と言えば当然、だからと言って見返りなんか、何も無い。
そんな、〝双浜高の放課後・部活事情〟。
それは、正規に認められた団体を筆頭に、同好会、愛好会、研究会などがブラ下がる、歴然としたヒエラルキー世界である。
新しく発足する団体は、5人以上の人員、そして顧問の先生を充てる事が必須であった。そうやって公式に認められない限り、学校側から活動費は貰えない。
そんな色々が面倒くさいと言えば、極論、団体なんて作ろうと思えば1人でも勝手に作れた。それこそ毎年、名を変え人を変え、謎の団体がゲリラ的に発生している。そしていつの間にか消滅している……というのが非公認団体の現状である。
アニメ研。ラノベ研。BL研。投稿マニア・ワナビ会……これらは似たようなジャンルで、どうせなら1つにまとまれば?と思うが、そこをつついて、うっかり部に昇格されても(予算的に)困るので、放ったらかす。
合唱部から飛び出した〝オペラ研究会〟。ディーヴァ愛好会。タカラヅカ・サークル。カラオケ歌っちゃいましょータイム!。ハロー・パーリー・ピーポー……これらは、それぞれ、まとまりたくない理由があるらしく(分かる気もする)、やっぱりそのまま。
環境活動を仕切る〝エコ・クラブ〟。
校内のありとあらゆる記録をデータ化している〝双浜情報会〟。
どちらも人数が足りなくて、そのまま……だがこの辺りは先生からの推薦、部員の真面目なアピールもあって、ルール度外視で認めてやりたいとも思うが、だからといって特別扱いをする訳にもいかないと、やっぱりそのままだ。
放課後、右川を引きずって生徒会室に入れば、今日は俺の合図を待つまでもなく、みんな昨日からの作業を黙々と続けていた。桂木は居なかった。今日は少し部活に顔を出すと聞いている。
さっそく、阿木が困った様子でやってきて、「吹奏楽。かなり部員が辞めて、部費が集まらないから、その分、活動費を上乗せしろって言ってきたわよ」
「ナメてんのか」
俺は、双浜全校生徒の意思を代弁した。
部費はあくまでも部内で自由に調整して決める事。
つまり自分たちでどうにかする事。
部員が減ったからといって、それこそ吹奏楽だけを特別扱いで支援するワケにはいかない。分かり切った事だ。分かりきっているのに無謀な要求をブッ込んでくるという、相変わらずの、重森という名の暴君。
「あと、占い研究会。囲碁クラブ。フィギュア萌えの会。それぞれ新しく発足したって報告受けたけど」
「正式に?」
「いいえ。勝手に」
「言わなくていい」
聞くだけ、ムダ。
「この占い系。何度発足して、何度消えれば気が済むのかしらね」
阿木は溜め息をついた。
俺達生徒会の隠語において、このような団体はゾンビ・サークルと呼ばれる。
基本、公式に認められなくてもいいという団体は、売るほどあった。
どこでも自由に作ってくれ。そして消えてくれ。
こっちも笑うしかないんだよー、あはは。
右川は、のんびり会長椅子に腰かけた。「暴れると山下さんに連絡するぞ」と脅したので、とりあえず居付くには居付いた。
「これ。おまえの分な」と電卓と計算作業を目の前に置く。
だが、それはそっちのけ。いつものようにパンパンのリュックからスマホを取り出して……俺はまずそのスマホをひったくり、リュックも取り上げた。
こうなったら根比べ。
周りは黙々と自分の作業に没頭している。そのうちヒマを持て余して、右川は遊び始めるだろう。案の定、右川はまず、お金を数える浅枝に牙を向いた。
「えっと、1,2,3,4……」と、お札を折る浅枝の横で、
「32,45,6,3,2,11……」
「あれ?分かんなくなったじゃないですかぁーもうーヤダー」
浅枝が困った様子で天を仰ぐのを見て、右川は愉快そうにケケケ♪と笑う。
「おい。邪魔すんなら、か……」
帰れ、と言い掛けて、それはマズイと押し殺した。
それを言ってしまったら、大喜び。さっそく大パレードで帰ってしまう。
驚くのが、それを見ている阿木は、いつだったか作業を愚痴る俺に向けて、「手を動かしましょう」とビシッと放ったように、冷静に、右川を注意するかと思いきや、クスッと笑って、
「極上の嫌がらせね。そういう邪魔に惑わされず、お金を数えられるかどうか。銀行の研修でやらされるって聞いた事あるけど」
「へぇー」
そうなのか。
「だからといって、こいつの嫌がらせを正当化する理由にはならないだろ」
「ふぅ~。数えました。合ってます」と、浅枝が笑顔を見せると、「グッジョブ」と、右川がパチパチと手を叩いた。
その時である。
「こびと先輩、紙の予備ってどこですか?」
真木の放った1言は、ちょっとだけ気のまぎれる小さな衝撃であった。
「何?」と、聞き返した俺を、真木は無邪気にカン違いして、
「紙です。できればB4サイズの」
いや、それではなくて。
「「こびと先輩?」」と、阿木も浅枝も、辺りを見回した。(俺も)。
「B4?知らなーい。食べた事無―い。アタリマエに訊いて」と、右川が反応した所から推測して、やっぱりというか〝こびと先輩〟とは、右川の事か。
「こびとって……それって、どうなんでしょうか」と浅枝は顔をしかめた。
「先輩って付けてるし。最後は敬語だし。咎める事なのかどうか」と、阿木も先輩としてどう注意していいのかわからない様子。阿木と浅枝の2人は、着地点を探して落ち着かずにいる。
すると、「あ、いーのいーの。あたしが、それでいいって言ったの」と来て、右川本人が納得しているなら、周りがムダに怒るわけにもいかないという結論に至る。
確かに他人が怒ることでも無いけど……だが、もし俺が〝のっぽ先輩〟と呼ばれたら、舐めてんのかコラ、と威嚇するぐらいに空気は凍る。
とりあえず、2人は先輩後輩の壁を物ともせず、大分、砕けた仲だと言うことは分かった。
「真木くんってさ、彼女とかいるぅ?」
右川の方も、もう何の遠慮もなく、ストレートな質問をブッ込む。
「今は一人ですよ。彼女欲しいですけど、どうしたらいいですかね」
真木は、右川なんかにするだけムダの恋の相談を始めた。
真木は、早くも小学校5年生で既に女子と付き合ってたらしい。
「文房具を交換したり、ゲームしたり、遊んでるみたいなもんですよ」
でしょうね。
「チューまでは、しましたよ。一応」
でしょうね。
いや、そこまで言わなくていいし。
「女の子とちゃんと付き合ったのは中学ん時で。同じリコーダー部の子で」
聞いていると、とどのつまり、途切れた事が無いという自慢らしかった。
程なくして、阿木が、「話もいいけど、手を動かしましょう」と来て……室内は静まり返る。阿木は、新人に対しては教育的立場に甘んじてくれるらしい。
黙々と作業に戻る。
だが、しばらくして、またしても沈黙を破ったのは真木だった。
「あの、こびと先輩は、なんで僕を生徒会に入れてくれたんですか」
そう言えば、右川本人には聞いた事が無かった。
そこは阿木も注意を忘れ、浅枝も作業に没頭するフリで興味深々、耳を澄ましている。
「入りたいって言ったからだよ」
「え?それだけですか?」
「うん」と、右川は頷いて、
「だってほら。アギングもチャラ枝さんもミノリも、入りたいって言うから入ってるんだし」
ね?と右川は、阿木と浅枝に笑い掛け、2人と何やら通じ合う。
「人数多い方がラクじゃん。入りたいって言うヤツら、全員入れちゃえ♪って、あたし思ってたもん」
俺は絶句した。だったら永田や重森はどうなるのか。
「あの2人でも入る可能性があったって事?」と、阿木がそこを訊ねてくれた所、
「あいつらは自分がボスになりたかった訳で。あたしんトコに入りたいとは聞いてないし。だーかーらー、入れないよ~ん♪」
「だったら、沢村先輩は?」と言葉を無くした俺の代わりに、浅枝が訊いてくれた。
俺は……右川に会長をやってくれとは言った。
自分が会長になったら、右川を入れてやるとも言った。
だが、自分が右川チームに入りたいとは……そこまではハッキリ言ってない。
「だーかーらー、議長だよ」
右川は、ケケケ♪と笑った。
トリッキーが過ぎる。後付けの嫌がらせとしか思えなかった。
そして、右川にとって、俺はあくまでも雑用要員。執行部の一員として認めていないと言う事が、今ここでハッキリと分かった。
そこに桂木が、「ごめーん」と、息も切れ切れに部屋に飛び込んできて、
「今日もお菓子がいっぱいだね」
テーブルの上のチョコをつまんで、そしてビスケットに手を伸ばそうとして、
「その前に、何か飲みたいな」
「あ、じゃ、あたし何か買ってこようか♪」と右川がニコニコと立ちあがる。
「待て」
そうはいくか。
「もう計算はいいから。次はこの書類に判を押して」
有無を言わさず、書類を目の前に積み上げた。スタンプを渡す。
「こんなのあんたがやれば。押すだけでしょ。簡単じゃん」
「簡単か。だったらオマエでもできるだろ。やれ」
右川はブスッとむくれて椅子に戻り、それでも1度はスタンプを手に取った。
紙の裏に1つ押す。続けて、2つ、3つ、まるでおもちゃを与えられたガキのように、今度はそこらじゅうに押して遊び始めた。
「ムダ使いすんな」と、アタリマエに一喝。
「そのスタンプは代々受け継いできた会長だけの特権。大事に扱え。押すだけだろ。それくらいちゃんとやれよ」
とはいっても、そのスタンプに特別な決定権があるわけではない。ただ下書きと最終的な書類を区別するため作ってあるに過ぎなかった。そして無用の下書き用紙がたまったら、乾燥地獄のシュレッダー作業が待っている。その後のゴミ処理まで……ケケケ。
右川には、とことん雑用だ。それに限る。議長はそう決めた。
右川は、スイスイと押していく。それを桂木が心配そうに横から覗いた。
「ね、ちょっとは読もうって気にならないの?」
「意味分かんないし。ていうか、この金額の根拠って何なの。バイトの時給?先生のボーナス?株価?」
「おまえは読まなくていい。余計なことすんな。黙ってろ」
突如、右川は立ち上がった。
腕まくり、めくれたシャツから剥き出しの俺の腕めがけ、ドン!と乱暴に1つ押す。