God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
痛くはなかった。
別に何ともない。
ドヤ顔で見下す右川と、目が合うまでは冷静でいられた。
「その余計なことのお陰で、あんたここに居られるんじゃないの?」
〝双浜高等学校 生徒会長 認〟と真っ赤に押された文句は、今の俺にとって、極上の嫌がらせである。まさしく、オマエのせいで〝議長と認められ〟か。
「は?」と、右川は半笑いで耳を傾ける。
俺はスタンプをもぎ取り、右川の手の甲に返り討ちした。
〝双浜高等学校 生徒会長 認〟右川は黙って、印字をジッと見つめる。
「会長ったって名ばかり。頭空っぽなんだから、それらしく黙ってやってりゃいいんだよ」
俺は、もうちょっと言葉を選べば良かった。
阿木・浅枝・桂木が3人揃って、咎めるような視線を送っている。それを右川も感付いた。
「ねー、こういうの、どう思う?男子のくせに、女子に頭空っぽとか言う?」
「こういう時だけ、女子という立場に逃げるな」
そして、女同士がツルんで男子を追い詰めるな。
「あんたは、議長だよ?空っぽだよ?ここでは1番バカなんだよ?ていうか、あんたに机なんか要る?地べたに這いつくばってスタンプ押せよって」
3人は、表情を変えずに聞き流す……という行為でもって、右川の暴言を静観か。持って行き場の無い感情を、ひとまず押し殺し、そこから無視を決め込んで、俺はひたすら作業に没頭した。
とりあえず沈静……そこへ右川がフラフラやって来る。気配で分かった。
そして俺が計算途中の紙を横から奪い、眼の前でバリッ!と引き千切る。
ブチギレ。
勢い、思わず立ち上がった。
「拾え!くっつけろ。元に戻るまで帰さないからな!」
その襟首を掴もうとした所、「ちょ、ちょっと」と、桂木が間に入って止めようとしたその瞬間……周囲は迅速に立ち回る。
おもむろに浅枝はそこら辺の金を集めて仕舞いこむ。
阿木はすかさずパソコンを閉じて、自分専用のお菓子と飲み物を脇に避難。
2人の淡々とした手作業を眺めて、真木だけが何事かと怯えていた。
「おまえはいつも度が過ぎる。ちんたら押してろ。余計な事すんな」
「じゃあミノリは返してもらおうか。余計な事してごめんねぇぇぇ~」
「桂木はおまえなんかより全然使えてる。余計な自分をどうにかしろよ」
「あんた分かってんの?ミノリを使ってるのは、議長のあんたじゃなくて会長のあたしなの。あたしは、余計なあんたも使ってやってんだよっ!」
右川は目をカッと見開いた。
こっちが断腸の思いで1度引っ込めてやったのに、話を蒸し返すか!
もう我慢できない。
思わず掴んだ電卓を右川に投げつけると、ひいい!と浅枝が悲鳴を上げた。
ぎゃう!と、椅子から引っくり返った真木を助け起こした阿木は、「これからも度々あるから、気をつけてね」と、溜め息交じりで微笑む。「小さい電卓でよかったですね」と気休めをカマした浅枝は、何を疑われているのか桂木から警戒されている。
右川に対する厳しい監視の目はそのまま、俺は黙々と作業に戻った。
右川も阿木になだめられてか、そこから何かを諦めた様子で、おとなしくスタンプを押し始める。計算、また最初からやり直し。悔しい事この上ない。
そして、健闘の甲斐あって、本日、めでたく全ての決算が整う次第。
さっそくそれぞれに報告書を渡して回る事になる。
同時に、出た結果を元にして、生徒会から予算金額も提示した。
どういう反応が返ってくるかは覚悟して待つのみ。
親切にも、異議を唱える期間まで設定してある。その締切は、1週間後。
この間、ちょろちょろと異議を唱えてくる団体もあれば、まとめてドカンと攻撃してくる奴らも居るから。この一週間は……気が抜けない。
運動系は桂木と浅枝に任せた。文科系は阿木と真木に。それぞれが向かった。
自動的に、生徒会室では右川と2人きりになる。
2時50分。
まだ帰る時間ではない。さっきのような争いにならないよう気をつけないと。
間に入る人間が居なければ、今度は手加減できない気がする。
ふと見れば、右川は腕組み、何やら難しい顔で考え込んでいた。
単に、押すだけ。おまえが頭を使う必要は無い。
恐らく、次はどういう作戦でサボってやろうかと企んでいるのだ。
警戒を怠るな。
思えば、いつだったか俺に怯えていた頃を思えば、ウソのよう。随分リラックスしている。不意に目が合った。俺は余裕で、フンと笑ってみせる。
すると、右川は突然スッと立ち上がり、まず閉じていた入口ドアを全開に開けた。ついでに2つある窓も、次々と開けて回る。埃っぽい風が吹き抜けて、生徒会室の温度が最低3度は低下。外の緑が太陽にあぶられて眩しく迫る。虫が一匹、入って来た。ランニングから戻って来た野球部の掛け声。サッカー部を見学している女子の黄色い声援。
「こっから職員室が丸見え。よしよし」
いや、そこまで危機感、感じなくても……あれだけ痛い目に合って、いまさら襲うかよ。
そこに女子が1人、やってきた。
開いているドアを外から叩いて、「あのー、真木くんは?」と顔を覗かせる。
1年生ではない。雰囲気からして、2年生。
見れば、来ていたのは1人ではなかった。
「ちょっと用で。出てるけど」と言うと、それを確かめるように、次々と女子3人が顔を出す。揃いも揃って丸顔の巨体。まさかいつかの〝ドラム缶3人組〟って、こいつらだろうか。
つまり、俺のファンではなく、真木のファン。今日は体操服ではなかった。
「真木に何?」と言うと、3人は顔を見合わせ、「どう?」「いいじゃん」「置いてこ」と、何かに納得して、おもむろに本を5冊、取り出した。
< 9 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop