ラフレシアが蝶に恋をした。
ラフレシア、蝶に出会う。
鏡を見るたびに嫌になる。

腫れぼったい一重まぶたに、これでもかっていうくらい低い鼻。

ぱさぱさで癖のある髪の毛。

ぶあつい唇。

肌が綺麗なら救いもあるけど、残念ながらそばかすだらけ。

なんとかなるのは眉毛だけ。


この見た目でさんざんいじめられてきたし、
それにも慣れていたけど、高校での仕打ちにはさすがに耐えられなかった。

「ホントすげぇブス」
「あいつ、くさそー」
「あいつの回りハエ飛んでるよ」
「マジじゃん」「ラフレシアかよ~」

男子の嘲る声に、ちょっとやめなよーと笑いをこらえながら言う女子の声。私の目の前で、アルコール除菌される私の持ち物。黒板に描かれた私の似顔絵。SNSのグループで交わされる私の悪口。

すべてが私の頭にこびりついて離れない。



今日から、通信制高校に転校して、
まったく新しい高校生活が始まる。



毎日学校に行かなくてもいいし、決まったクラスみたいなものもない。私の行くところは制服もない。レポートを出して、定期試験に合格すれば単位がとれる。言ってみれば大学みたいな場所だ。


それなのに、また、同じことがあるかもしれないって
不安で、不安でたまらない。


鞄を握る手に、じわりと汗がにじむ。


お母さん、やっぱり、私……新しい高校行きたくない。

意を決して言おうとした言葉は、声にならずに消えた。

「さあ、行くわよ」

お母さんは、私の手をぐいっと引いて、歩き出した。蝉の鳴き声が、降るように聴こえてくる道。照りつける太陽。額から流れる汗は、普通の汗なのか、冷や汗なのか、はたまた脂汗なのか、分からなかった。



電車を乗り継いで1時間のところに、新しい高校は建っていた。見学の時も見たけれど、立派なビルだ。ビルのガラスは鏡のように青空を映していた。
高校の玄関口には、若くてひょろっとした先生が立っている。林先生と言って、教室長だという。頼りない感じだけど、大丈夫だろうか。

先生は、私とお母さんを見つけてにかっと笑う。

「こんにちは!ようこそお越しくださいました。前田美々さんとお母様ですね」
「はい。今日からよろしくお願いします」

お母さんと同様に、私もペコリとお辞儀する。うまくできるかな、と思うと、途端に手が震え始めた。頑張れ。頑張れ。私は何度も自分に言い聞かせる。お母さんは、先生との会話をやめて、私に小さく「大丈夫よ」と声をかけてくれた。

お母さんを困らせたくないし、変わらないといけないんだ。

でも、この顔でどうやって?

手の震えは、結局止まらなかった。


「では、お入りください」

玄関の自動ドアが開いた。私は、先生とお母さんに続いて足を踏み入れる。足は、鉛のように重い。
ずしん、ずしんと一歩一歩が地面に沈みこんでゆく。

入ってすぐのところには、開けた空間に机と椅子が並んでいて、数人の生徒が勉強をしたり、談笑をしたりしていた。

歩くたびに、部屋中の視線が、私に注がれる。たくさんの、顔、顔、顔……そして、ざわつく室内。全員が、私のことを悪く言ってるんじゃないか……そんな気持ちに襲われた。

その瞬間、ある男の子と目があった。

ドキリとする。

あまりにも、きれいだ。

遠目でも分かるくらい端正な顔立ち。

サラサラした栗色の髪。

腕捲りしたシャツから延びる白い腕。

ジーパンに包まれた長い脚。

何もかもが、きれい……

棒立ちしていると、彼は私につかつかと歩み寄ってきた。心臓が、どくん、と脈打つ。

「君、新入り?」

形のよい唇でニコリと笑う姿は、陳腐な表現だけれど、まるで天使みたいだった。彼は、ふわっと光をまとっているかのように見える。

「えっ、あっはい」

目をそらそうとすると、体を傾けて、彼は私をのぞきこんだ。

アーモンド状の二重の瞳が、わたしのことを捉えている。私は石像のように、動けなくなった。心臓が、早鐘のように鳴っている。ふいに、メデューサの逸話を思い出したけど、何の役にも立たなかった。彼は、そんな私を不思議そうに見て、ふふっとまた笑う。その様子が、どうしようもなく美しかった。

「俺、佐々川或都(アルト)。よろしく。君は?」
「わ、わたしは……」

そう言いかけると、先生がどぎまぎして、かけってくる。

「或都くん!困らせないで、この子新入生だから」
「そうみたいですね、全然話さないし、緊張してる」
「君のせいだよー! 君のせいで来づらくなった子もいるんだからねっ!」

先生と或都君と言う彼は、親しげに話してから、部屋の隅に行ってしまった。先生も本気で注意しているわけではなさそうだけど、助かった。


「いいお友だちができそうで安心したわ」
お母さんが、隣からにっこり私を見ている。


お友だち?あの、きれいな人と、私が……?

なんだか絵空事みたい。


「あの子ちょっと変わってるんだけど、いい子なんですよー」

忙しげに戻ってきた先生は、間仕切りのある個別教室に案内してくれた。先生は、段ボールから早速やらなければいけないレポートと、教科書を取り出して、机に広げる。結構な量だ。英語、数学、日本史、世界史、古典、現代文……それに家庭科や保健、書道なんてものもある。

「基本的にうちの高校では、自習です。自習でレポートを書いてもらったらうちで添削してお返しします。週に5回、一応授業はあるんですが、毎回出てる生徒は少なくて……さっきの或都君っていう子はよく出てますね」

或都君。あの人はいったいどんな人なんだろう。こんな不細工な私に、気さくに話しかけて……何を考えてるんだろう。


そのあとも説明は続いたけど、四六時中私は上の空だった。先生の説明が終わる頃には夕方になっていて、玄関の辺りにいる生徒はまばらになっていた。


「あなたは毎日、ここに通うわよね!そのほうがリズムもできるし」
お母さんは、私が高校に通うということが本当に嬉しくてたまらない様子だった。私は、こくりと一回だけ頷いておいた。

毎日通ったら、或都君というあの人に会えるのかな。

私は、不安でありつつも、ものすごく久しぶりに、学校に行くということが楽しみに感じられた。

或都君。私は、心のなかで名前を何度も繰り返していた。帰る頃にはすっかり、手の震えのことも、忘れていたのだった。











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