さよなら、大好きな人
「ラ、ラウル?」


「……ちょっと待ってて?」


「う、うん?」



突然立ち上がったラウルに驚いて慌てて声を掛ければ、ラウルは奥の部屋へと向かってしまう。



意味がわからずに私は目を瞬かせるものの待つしかないと思い、ラウルが持ってきてくれたカップに手を伸ばして一口お茶を飲む。


優しい味にほっと小さく息を漏らしながらそっと目を伏せた。

ラウルに比べれば自分の辛さなど、小さなものかもしれない。



忘れようとしている自分。でもきっとラウルは忘れないようにしているんだろうと思う。

だからこそ今も尚、辛いだろうにずっとここに住んでいる。



――強いな。

心の中で感心しながらも羨ましくもあった。それだけの強さがあれば、自分も新たな一歩が踏み出せるだろうか。



お茶を飲みながらそんな事を考えていると奥の部屋に行っていたラウルが戻って来たのがわかり、振り返った私は僅かに目を見開いた。

戻って来たラウルの手には、ヴァイオリンが抱えられていたからだ。

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