料理研究家の婚約レッスン

初めての決意

 とんでもないことになった。

 梓は、自分用に用意されたダブルベッドのシーツのパッケージを開けながら、途方に暮れていた。

 ようやく一人になれたが、まるで落ち着かない。

 ベッドがくっつけられた白い壁の向こうは、碧惟の部屋だ。しかも、壁一枚を隔てて、梓と碧惟のベッドが向かい合っている。こんな状況で、おいそれと眠れる気がしない。

 それに、この部屋。居心地よさそうな内装とインテリアにホッとしてもいいはずだが、広すぎて安らげない。

 急な事態に、すっかり疲れてしまった。

 かといって、今さら「帰ります」と言う元気もない。さっきまでは、言い出す勇気が出なかったが、気力もなくなってしまった。今晩は、ここで眠るしかないようだ。

 そうと決まれば、ベッドの用意だ。

 碧惟の用意してくれた新品のシーツを、パッケージから取り出す。滑らかな手触りに、いくらか気持ちが安らいだ。

 さっそくベッドに敷こうと広げたが、そこで戸惑った。

 実家でもマンションでもシングルベッドを使っていた。シーツなんて片側から膝をついて、ちょいちょいと引き伸ばしてやればすぐに敷けたのに、ダブルとなると、そうはいかない。

 おまけに、シーツは普段愛用しているボックスタイプではなく、一枚布だった。端がうまくたたみ込めず、だらしなくはみ出ている。

「これ、どうやればいいんだろ」

 まあ、いいかと布団のカバーをパッケージから取り出していると、ノックの音がした。

「はい!」

「入っていいか?」

 おかしなものは出ていないか、辺りを見渡す。

 幸い、荷物は全部クローゼットに入れ込んでしまったから、碧惟に案内されたときと、部屋はほとんど変わっていなかった。

「……はい、大丈夫です」

 布団カバーを手放し、ドアを開けようとしたが、この部屋にはドアが2つある。どっちのドアから音がしたっけ、と右往左往している間にドアが開き、碧惟が顔を出した。101号室とつながる方のドアだった。

「なんか食うか?」

「ああ、ええと……」

 外は、すっかり日が暮れている。夕食時だ。

 にべもなく追い返され、夕食はいつものように自宅でとるものと思っていたので、特に何も考えていなかった。

 しかし、ここで暮らすとなれば、そういうわけにもいかない。

 さっそく最初の難関がやってきたなと顔をしかめるのをこらえていると、こちらはあからさまに険しい顔をした碧惟が部屋の中に入ってきた。

「……手伝ってやる」

 なにごとかと思ったが、梓が雑に敷いたシーツに手を伸ばしてきた。

「え。大丈夫ですよ」

 碧惟に嫌悪感はないが、自分がこのあと寝るかもしれないベッドに、男性を近寄らせたくない。

 けれども、梓が止める前に不機嫌にシーツをはがすと、碧惟はバッと広げて大きく風を含ませた。

「こんなにぐちゃぐちゃで寝ようっていくのか? だらしないやつとは暮らせない」

「こういうシーツ、使ったことなくて」

「向こうへ行って、ピンと張ってみろ」

 梓に片側を持つよう指示し、碧惟は反対側からシーツを伸ばした。梓が勢いに圧倒されている間にマットレスを持ち上げると、シーツを下に挟み込む。

「角は、三角形になるよう折り込め」

「わぁ、すごい。ホテルみたい」

「自分もやるんだよ!」

「はい!」

 見様見真似で梓もやってみるが、うまくいかない。

「不器用なのか」

「……すみません」

「まぁ、初めだから仕方ない。残りもやってみろ」

「はい!」

 碧惟の指導の下、何とかシーツを張った。皺一つないとまではいかなかったが、一人でやったときと比べれば、雲泥の差だ。

 碧惟は、布団カバーを掛けるのも手伝ってくれた。意外と面倒見が良い。

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