料理研究家の婚約レッスン
「いや、責めているわけじゃない。俺だって、コンビニ飯で済ませることもあるし、スナック菓子を食べることもある。ただ、刺激の強い味に慣れてしまうと、素材の味がわからなくなる。それは、損だとは思うけどな」

「……なるほど」

 梓は神妙にうなずいて、スープをもう一口食べた。

 とろっとしたトマトスープにくるまれた、コリッと歯ざわりの良いアスパラガス。塩味の効いたパンチェッタとモチモチとしたもち麦は、噛むほどに旨味が出てくる。

(味がわかってよかった)

 碧惟に言われたことは、少なからずショックだった。

 そういえば、1年ほど前までは、できあいの惣菜を食べることも少なく、スナック菓子も滅多に食べなかった。けれど今、そういったものを口にしない日はない。自覚していたより、食生活は乱れているのかもしれない。

「もう少し食べられそうなら、ほかも食べてみろ」

 そう促されてフォークを伸ばしたのは、色とりどりのピクルスだ。白のカリフラワー、黄色のパプリカ、オレンジのベビーキャロット、赤カブ、紫キャベツ、黄緑のキャベツとセロリに、キュウリまで入っている。まろやかな酸味で、白ワインとハーブの風味が爽やかだ。

「こっちは、ドレッシングがイマイチか」

 三つ葉とゆで豚のサラダを食べていた碧惟が、一瞬目を閉じて言った。

「え、おいしいですけど?」

「ゆずを押し出そうとしたんだが、玉ねぎに消されてるな。ほかの2品とは献立が別だから、もっと酸味を出してみるか……」

「テレビの『23時の美人メシ』で出すんですか?」

「そう。冬から春への季節の変わり目がテーマなんだ。年度替わりで忙しいと今のおまえのように食欲もないだろうから、一食は軽く食べられるスープ仕立てにしている。疲労回復効果があるアスパラギン酸やGABAの含まれるアスパラガスが主役だ。ピクルスは酸味を抑えているから、食べやすいだろ。一度作れば、しばらくもつから、手軽に野菜を追加できる副菜として重宝するんだ」

「なるほど」

「精神的に疲れる日には、季節の三つ葉。独特の香りには、精神を安定させる効用があるそうだ。豚肉のトリプトファンも良いと言われているし、そもそも疲労回復には豚肉と言われるくらい定番の素材だしな。でも、これは要検討」

 解説しながらテーブル下の収納からメモ帳を取り出すと、熱心に書き込んだ。

「作り直すんですか?」

「ああ。明日にでも、また調整してみる。試作時に味見していても、時間を置いてから食べると、また感じが違うからな」

 碧惟は、考え込んでいた頭を上げると、メモ帳をテーブルの端に追いやって、梓に軽く頭を下げた。

「食事中にすまない」

「いえ、全然。お気になさらないでください。レシピを作るのって、大変なんですね」

「そりゃな。どんな仕事だって同じだろ。本を作るのだって」

 梓は思わず黙ってしまった。
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