料理研究家の婚約レッスン
なじみのない感覚に、碧惟が覚醒し始めるのと、梓が起き上がるのは同時だった。
「な、なにするんですかーっ!?」
パシッと小気味良い音が部屋に鳴り響き、碧惟がようやく目を開けた。
梓は仁王立ちしていた。平手打ちした右手を左手で包むようにして握りしめる。
「お、起きましたか!?」
「ああ……サンキュ」
「じゃあ、もういいですね。わたし、行きますから!」
「ちょっと待て。俺なにかしたのか」
無意識に差し出されたであろう碧惟の手を避けて、梓は後ずさった。
「……知りませんっ!」
捨て台詞を残して、走り去る。
(さ、触られた……っ!)
寝ている碧惟の上に、ほとんど体を重ねるように抱き込まれ、後頭部から腰まで思い切り撫でくりまわされた。
(最ッ低ッ!)
とんだセクハラ野郎だ。彼女はいないと言っていたくせに、誰と間違えたのか。普段から、誰彼構わずあんなことしているから、無意識でやってしまったのか。
(うううぅ……)
101号室のリビングに逃げ込んで、梓は息を整える。
それから、ちょっと気になっているおなかを摘む。
結婚式に備えてダイエットしていた体は、その後のストレスと怠惰な生活で、ダイエット前よりふくよかになってしまった。昔から標準より肉付きの良い体型だったので、今の体は自分でも気になっている。
(絶対、重かったよね……)
ダイエットしようと、心に決める。なんでも食べて良いと言われた冷蔵庫からオレンジジュースを取り出そうとして、ミネラルウォーターに変更した。
朝食は、どうしようか。一人暮らしになってからは、ほとんど食べていない。おなかが空いたら、菓子パンやチョコレートを摘んでいたくらいだ。
碧惟と顔を合わせるのも嫌だし、早すぎるけれど、もう出勤してしまおうか。
そう悩んでいると、リビングに項垂れた碧惟が入ってきた。雑に顔を洗ってきたのか、前髪が濡れている。
「おはよう」
「……おはようございます」
警戒心もあらわに、一歩後ずさってしまう。
それを見た碧惟は、端正な顔を歪ませた。
「悪かった。なにをしたのか覚えていないんだが、おまえが引っぱたくくらいのことをしたんだろう。すまなかった」
「……全然覚えていないんですか?」
碧惟が自分の両手に視線を落としたのを、梓は見逃さなかった。
「………………ほとんど」
「覚えてるんじゃないですかぁ!」
「本当にすまなかった! 寝ぼけてたんだ!」
泣き出しそうな梓に、碧惟はガバッと頭を下げた。
「俺は、本当に寝起きが悪くて、いつも人を困らせてしまう。せっかく起こしてくれたのに、本当に悪かった。この通りだ!」
土下座までしそうな勢いに、梓は毒気を抜かれてしまった。
「……反省しているなら、いいですけど」
「ありがとう! まだ時間あるか? すぐに朝食を作るから!」
断ろうと思ったが、すがりつくように碧惟が言ってくるので、梓はしぶしぶうなずく。
碧惟がこれほど慌てるとは思わなかった。本当に、反省しているのだろう。
「卵は、どうする? オムレツか? スクランブルエッグ? 目玉焼き?」
「いえ、わざわざ作らなくていいですよ」
「遠慮するな」
「じゃあ……スクランブルエッグを」
「わかった。すぐにできるから、座っててくれ」
自分の手伝えることはなさそうだと、梓は席につく。
テーブルからキッチンを眺めていると、テレビ番組を見ているみたいだった。
(これを撮影するだけで、番組が一本できちゃいそう)
さっきまで寝ぼけていたのが嘘のように碧惟はテキパキと動き、あっという間に朝食を完成させた。詫びのつもりなのか、碧惟は梓に一切手伝わせなかった。
「な、なにするんですかーっ!?」
パシッと小気味良い音が部屋に鳴り響き、碧惟がようやく目を開けた。
梓は仁王立ちしていた。平手打ちした右手を左手で包むようにして握りしめる。
「お、起きましたか!?」
「ああ……サンキュ」
「じゃあ、もういいですね。わたし、行きますから!」
「ちょっと待て。俺なにかしたのか」
無意識に差し出されたであろう碧惟の手を避けて、梓は後ずさった。
「……知りませんっ!」
捨て台詞を残して、走り去る。
(さ、触られた……っ!)
寝ている碧惟の上に、ほとんど体を重ねるように抱き込まれ、後頭部から腰まで思い切り撫でくりまわされた。
(最ッ低ッ!)
とんだセクハラ野郎だ。彼女はいないと言っていたくせに、誰と間違えたのか。普段から、誰彼構わずあんなことしているから、無意識でやってしまったのか。
(うううぅ……)
101号室のリビングに逃げ込んで、梓は息を整える。
それから、ちょっと気になっているおなかを摘む。
結婚式に備えてダイエットしていた体は、その後のストレスと怠惰な生活で、ダイエット前よりふくよかになってしまった。昔から標準より肉付きの良い体型だったので、今の体は自分でも気になっている。
(絶対、重かったよね……)
ダイエットしようと、心に決める。なんでも食べて良いと言われた冷蔵庫からオレンジジュースを取り出そうとして、ミネラルウォーターに変更した。
朝食は、どうしようか。一人暮らしになってからは、ほとんど食べていない。おなかが空いたら、菓子パンやチョコレートを摘んでいたくらいだ。
碧惟と顔を合わせるのも嫌だし、早すぎるけれど、もう出勤してしまおうか。
そう悩んでいると、リビングに項垂れた碧惟が入ってきた。雑に顔を洗ってきたのか、前髪が濡れている。
「おはよう」
「……おはようございます」
警戒心もあらわに、一歩後ずさってしまう。
それを見た碧惟は、端正な顔を歪ませた。
「悪かった。なにをしたのか覚えていないんだが、おまえが引っぱたくくらいのことをしたんだろう。すまなかった」
「……全然覚えていないんですか?」
碧惟が自分の両手に視線を落としたのを、梓は見逃さなかった。
「………………ほとんど」
「覚えてるんじゃないですかぁ!」
「本当にすまなかった! 寝ぼけてたんだ!」
泣き出しそうな梓に、碧惟はガバッと頭を下げた。
「俺は、本当に寝起きが悪くて、いつも人を困らせてしまう。せっかく起こしてくれたのに、本当に悪かった。この通りだ!」
土下座までしそうな勢いに、梓は毒気を抜かれてしまった。
「……反省しているなら、いいですけど」
「ありがとう! まだ時間あるか? すぐに朝食を作るから!」
断ろうと思ったが、すがりつくように碧惟が言ってくるので、梓はしぶしぶうなずく。
碧惟がこれほど慌てるとは思わなかった。本当に、反省しているのだろう。
「卵は、どうする? オムレツか? スクランブルエッグ? 目玉焼き?」
「いえ、わざわざ作らなくていいですよ」
「遠慮するな」
「じゃあ……スクランブルエッグを」
「わかった。すぐにできるから、座っててくれ」
自分の手伝えることはなさそうだと、梓は席につく。
テーブルからキッチンを眺めていると、テレビ番組を見ているみたいだった。
(これを撮影するだけで、番組が一本できちゃいそう)
さっきまで寝ぼけていたのが嘘のように碧惟はテキパキと動き、あっという間に朝食を完成させた。詫びのつもりなのか、碧惟は梓に一切手伝わせなかった。