料理研究家の婚約レッスン
鉢合わせ
次の日、仕事が終わると、梓は一目散に碧惟の家に帰った。
今日は、料理教室のある日だ。梓は、手伝いを買ってでていた。
(もう準備が始まっているよね)
碧惟は102号室にいるだろう。
102号室を横目で見ながら通り過ぎ、101号室の玄関から入る。
小走りで廊下の角を曲がった途端、誰かにぶつかった。
「すみません!」
慌てて謝ってから、ギョッとした。碧惟ではなかったのだ。
「いや、こっちこそ。って、誰!?」
知らない男だった。
碧惟より背は低く、ぽっちゃりしている。パンパンにはった頬の上で、丸っこい瞳が真ん丸に見開いていた。
「あ……あなたこそ、誰ですかっ!? まさか、泥棒!?」
「なに言ってるんだ! 君こそ不法侵入だろ!? どうやって、ここに入った!」
(ええと……合鍵を使って入りましたって、言っちゃっていいのかな? でも、誰だかわからないし……)
互いに、警戒心むき出しでにらみ合う。
「わたしは、ええと……ウェルバ・プロダクションの河合梓と言います」
「ウェルバ・プロダクション?」
「編集プロダクションです。出海碧惟先生の本の企画の件で、その……料理教室を見学させていただくことになっていて!」
「料理教室は、隣の部屋だろ!」
(そうだった!)
万事休す。梓は鞄を胸に抱え、じりじりと後退する。
(どうしよう……!)
「そ、その前に、あなたは誰なんですか!」
梓が声を張り上げたとき、廊下の向こうから駆け足が聞こえた。
「……ああ、遅かったか」
碧惟が片手で顔を覆った。
「先生!」
「おい、碧惟! この子は、誰だ!?」
男が碧惟に詰め寄る。
「こいつは、編プロの見習い」
「どうしてここにいる?」
「俺に結婚してほしいんだと」
「はぁっ!?」
「ちょっと、やめてください! 誤解です!」
慌てて二人の間に入りながら、梓が説明した。
「……それじゃ、ここに住まわせているのか?」
「ああ、あの部屋でな」
「おまえ……っ! いくら朝起きられないからって、付き合ってもいない女の子と住んじゃダメだろうっ!!」
誰だか知らないけど、常識人だ。そして、碧惟が朝起きられないこともよく知っているらしい。
「本人がいいって言ってるんだから、いいだろ」
「それでも良くない!」
「だいたい、こんな女に俺が手を出すはずないだろ」
「碧惟っ!」
「ああっ! いいんです、わたしがご迷惑をお掛けしているので」
「……そうは言っても、君」
心配そうな紳士に、頭を下げる。
「わたしのわがままで住まわせてもらっているんです。大丈夫です。近いうちに必ず先生に企画の承諾を得て、出て行きますので」
「ま、がまん比べだな」
「……まったく」
紳士は、深々と頭を下げた。
「さっきは、失礼しました。出海碧惟のアシスタントをしている戸田恭平です」
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。河合梓と申します。よろしくお願いいたします」
名刺交換を済ませると、ようやく一息つけた。苦笑いを交わす。
今日は、料理教室のある日だ。梓は、手伝いを買ってでていた。
(もう準備が始まっているよね)
碧惟は102号室にいるだろう。
102号室を横目で見ながら通り過ぎ、101号室の玄関から入る。
小走りで廊下の角を曲がった途端、誰かにぶつかった。
「すみません!」
慌てて謝ってから、ギョッとした。碧惟ではなかったのだ。
「いや、こっちこそ。って、誰!?」
知らない男だった。
碧惟より背は低く、ぽっちゃりしている。パンパンにはった頬の上で、丸っこい瞳が真ん丸に見開いていた。
「あ……あなたこそ、誰ですかっ!? まさか、泥棒!?」
「なに言ってるんだ! 君こそ不法侵入だろ!? どうやって、ここに入った!」
(ええと……合鍵を使って入りましたって、言っちゃっていいのかな? でも、誰だかわからないし……)
互いに、警戒心むき出しでにらみ合う。
「わたしは、ええと……ウェルバ・プロダクションの河合梓と言います」
「ウェルバ・プロダクション?」
「編集プロダクションです。出海碧惟先生の本の企画の件で、その……料理教室を見学させていただくことになっていて!」
「料理教室は、隣の部屋だろ!」
(そうだった!)
万事休す。梓は鞄を胸に抱え、じりじりと後退する。
(どうしよう……!)
「そ、その前に、あなたは誰なんですか!」
梓が声を張り上げたとき、廊下の向こうから駆け足が聞こえた。
「……ああ、遅かったか」
碧惟が片手で顔を覆った。
「先生!」
「おい、碧惟! この子は、誰だ!?」
男が碧惟に詰め寄る。
「こいつは、編プロの見習い」
「どうしてここにいる?」
「俺に結婚してほしいんだと」
「はぁっ!?」
「ちょっと、やめてください! 誤解です!」
慌てて二人の間に入りながら、梓が説明した。
「……それじゃ、ここに住まわせているのか?」
「ああ、あの部屋でな」
「おまえ……っ! いくら朝起きられないからって、付き合ってもいない女の子と住んじゃダメだろうっ!!」
誰だか知らないけど、常識人だ。そして、碧惟が朝起きられないこともよく知っているらしい。
「本人がいいって言ってるんだから、いいだろ」
「それでも良くない!」
「だいたい、こんな女に俺が手を出すはずないだろ」
「碧惟っ!」
「ああっ! いいんです、わたしがご迷惑をお掛けしているので」
「……そうは言っても、君」
心配そうな紳士に、頭を下げる。
「わたしのわがままで住まわせてもらっているんです。大丈夫です。近いうちに必ず先生に企画の承諾を得て、出て行きますので」
「ま、がまん比べだな」
「……まったく」
紳士は、深々と頭を下げた。
「さっきは、失礼しました。出海碧惟のアシスタントをしている戸田恭平です」
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。河合梓と申します。よろしくお願いいたします」
名刺交換を済ませると、ようやく一息つけた。苦笑いを交わす。