料理研究家の婚約レッスン
 一瞬、梓の気持ちが漏れ出てしまったのかと思った。応えられなくて悪かった、と言われたのかと思って、胸が強くきしむ。

 でも、考え事は声には出ていなかったはずだ。ドギマギしながらも、何気なさを装って聞き返した。

「えっと?」

 しばらくぶりに上げた視線の先で、碧惟はぷいっと顔を背けている。

「……緊張してたんだよ」

「はい?」

「だから! 緊張するんだ、カメラの前だと。だから、DVDなんて絶対無理だって言ってんだ!」

「え……ええぇ!?」

「ああ、もううるせえなっ!」

 振り返った碧惟は、耳を赤く染めている。

「もしかして、SNSやってない理由もそれですか?」

「……だったらなんだよ」

「だって、テレビに出る仕事してるのに!」

 碧惟はブスッとして、向こうを向いてしまった。

 被写体として最高の外見を持っているうえ、料理家という写真や映像になりやすい仕事をしているというのに意外な弱点があったものだ。

「でも、絶対DVDも出した方がいいですよ」

「……おまえがドキドキするから?」

 フッと笑って、碧惟がこちらを向いた。

 いつか梓が碧惟に言ったことを覚えているのだ。からかっているだけだとわかっているのに、胸が高鳴る。

 ドキドキだけじゃ足りない。ドクドク波打つほどなのは、本心を言い当てられているからだ。

「……そうですよ」

 素知らぬ顔で返したつもりだが、どこまで通じているだろう。

 沈黙されないよう、慌てて続ける。

「えっと、顔を映さない動画でもいいんじゃないですか? 例えば、包丁の持ち方だけでも!」

「そんなの、おまえしか見ないだろ」

「そんなことないですよ。包丁の持ち方の動画だけでも、たくさん公開されています。それに、先生なら手のアップだけでも需要があると思います!」

「はぁ? 需要?」

 心底呆れたという顔をされたが、梓は自信をもってうなずく。碧惟なら、手元の動画だけでも見たい人がいるだろう。

「おまえにあるの?」

「え。えっと、はい」

「なら、どうぞ」

< 42 / 88 >

この作品をシェア

pagetop