料理研究家の婚約レッスン
Lesson 5

 同居は緩やかに続けられた。

 相変わらず碧惟は弥生に会ってはくれないが、梓を邪険にすることもない。料理教室の手伝いもさせてくれるし、夕食と朝食は一緒にとっている。

 朝、碧惟を起こすことも続いている。

 けれど、触れられたのは初回だけで、むずかりながらも碧惟は梓が手をかける前に起きるようになっていた。

(暖かくなってきたせいもあるのかな)

 そろそろ春物の洋服を用意しないといけないと思案しはじめた頃だった。

 突然、雪が降った。

 東京には珍しい積もる雪だ。明け方から降り始めると徐々に勢いを増し、梓が窓から見た限りでは、一面真っ白になっていた。

 折しも今日は土曜日、料理教室が開かれる日だ。

 交通手段が乱れていて恭平が遅れるというので、碧惟と梓は早めにキッチンスタジオに入っていた。

「よく降りますねぇ」

 窓の景色は変わらないどころか、どんどん強くなっている気がする。栃木出身の梓は、雪には見慣れているが、窓辺からしんしんと染み込むような冷気には閉口した。暖房はつけているものの、水仕事が多いので、どうしても冷えてしまう。

 碧惟は電話に追われている。生徒から欠席の連絡が相次いているのだ。

「また休みだ」

 電話を終えた碧惟が、名簿をチェックした。

「だいぶ積もってきましたから。教室自体は、お休みにしないんですよね?」

「食材も買ってあるし、近所に住んでいる人も多いからな」

 碧惟は用意していた調理テーブルを、また一つ取りやめるようにと梓に指示した。いつもより2つも少ない。

「また電話だ」

 梓はそっと肩をすくめて、黙々とテーブルを片づけた。恭平がまだ来ないこともあり、寂しさが募る。

「え!? 出荷できない?」

 珍しく碧惟が大きな声を上げた。何かトラブルがあったようだ。

 電話を切り終えた碧惟は、スタジオに入ると滅多に触らない髪を、くしゃくしゃにかき混ぜた。

「どうしたんですか?」

「農家の井野さんから、出荷できないと電話があった。大雪で、宅配業者が当日配送を受け付けてくれないらしい。井野さんも、近場の取引先を回るだけで精一杯で、ここまで届けるのは無理だと」

「え! それって、明日テレビで使うキャベツですよね? 春キャベツがメインと言ってた……」

「そうなんだよ。弱ったな」

 明日のテレビ収録では、5日分のメニューすべてに春キャベツを使う予定らしい。

「……仕方ない。スーパーを回って、かき集めてくるか」

「いま売ってるのは冬キャベツだって、言ってませんでしたっけ?」

「探すしかないだろ」

 新鮮なものを仕入れるために、納品日をギリギリにしていたのが仇になってしまった。天気予報は見ていたものの、交通機関に支障が出るほどとは、昨夜のニュースでも言っていなかった。

 考え込んでしまった碧惟を見て、梓はエプロンをはずした。

< 44 / 88 >

この作品をシェア

pagetop