料理研究家の婚約レッスン
東京に近づくにつれ、雪も人も増えていく。
どの鉄道会社も本数を減らしているらしく、どのルートが早いのかわからない。土地勘のない梓は、だいぶ迂回していることを感じながらも、少しずつ帰っていった。
行きは電車に2時間半、徒歩とタクシーを入れても3時間ちょっとで着いていたが、帰りは既にその倍の時間がかかっている。
何とか見慣れた新宿駅に着いたときには、すっかり夜になっていた。
それでも、あと少しだ。電車にあと数分乗れば、碧惟の家の最寄り駅に着く。
ごった返す人の中、梓はキャベツの入った大きなビニール袋を持ち直した。大きな荷物を嫌がり、周囲の人が避けていく。
すみませんと何度も頭を下げながら、わたし鉄の改札へ向かうと、今日一番の混雑にぶつかった。
「――線は、現在運行を取り止めております。振替輸送をご利用ください」
(嘘でしょ!?)
碧惟の家は、この路線しか通っていない。他の電車に乗れば、少しでも近くに行けるのかもしれないが、あいにく梓には地理がわからなかった。
携帯電話で調べてみるかと、取り出してみれば電池切れ。料理教室の間に充電しておくつもりだったんだと思い出しても、もう遅い。
疲労は限界を超えている。
出かけに碧惟に、タクシーで行けと言われたのを思い出して、タクシー乗り場に向かう。案の定、乗り場には長蛇の列ができていたが、並ぶしかないだろう。
(あと、もう少し)
電車でも車でも、いつもならあと15分もあれば、碧惟の家に着ける距離だ。
けれど、雪の中を歩くには遠いし、そもそも道もわからない。
結局1時間以上並んで、ようやくタクシーに乗りつけた。
のろのろと雪道を進むタクシーの窓から眺めると、いまだ見慣れない東京の街は白く沈んでいる。梓の頭の中も、ぼうっと白く霞がかかっているような気がした。
大きなビル街を抜けると、住宅が増えてくる。
周囲の景色を見る限り、碧惟の家まであとわずかだろうかというところで、渋滞にはまった。
(もう少しなのに!)
運転手が、道路状況を調べてくれる。
「お客さん、この先でスリップ事故があったみたいで、右折できないみたいだわ。もうすぐそこなんだけどね。急ぐなら、歩いた方が早いと思うけど」
「それなら、ここで降ります。道を教えてもらえますか?」
「ああ、そこの公園を突っ切れば、すぐだよ。荷物もあるのに、悪いね。大丈夫かい?」
「はい。ありがとうございました!」
10分余りとはいえ、座れたので少し元気が回復した。なんとか気合いを入れて歩き出すと、6個の新キャベツが左右で揺れた。
(絶対、届けるから)
碧惟の役に立ちたい。役に立てるところを見てほしい。
碧惟に見てほしい。自分を認めてほしい。
碧惟に会いたい。皮肉げでもいいから、笑いかけてほしい。
(あれ、なにかおかしい気がする……)
雪に埋もれそうな足を、一歩ずつ前に進めながら、梓は首をかしfげる。
純粋に碧惟と恭平の役に立ちたいと思って出発したはずが、どことなくずれていっている。
そうは思うが、頭に降りしきる雪、手に食い込む荷物、重たい体、すっかりかじかんだ爪先に思考は鈍る。
(とにかく先生に届けなくちゃ……)
視界が、白く煙る。雪が強くなってきたのかもしれない。
(熱い……)
氷点下の中、梓はすっかり汗をかいていた。肌にはりつく洋服が気持ち悪い。
(先生……)
雪原のように白く染まった広い公園を抜けると、ようやく見慣れた景色に出た。碧惟のマンションは、すぐそこだ。
(あと少し!)
気が抜けたのか、足元が滑った。
どの鉄道会社も本数を減らしているらしく、どのルートが早いのかわからない。土地勘のない梓は、だいぶ迂回していることを感じながらも、少しずつ帰っていった。
行きは電車に2時間半、徒歩とタクシーを入れても3時間ちょっとで着いていたが、帰りは既にその倍の時間がかかっている。
何とか見慣れた新宿駅に着いたときには、すっかり夜になっていた。
それでも、あと少しだ。電車にあと数分乗れば、碧惟の家の最寄り駅に着く。
ごった返す人の中、梓はキャベツの入った大きなビニール袋を持ち直した。大きな荷物を嫌がり、周囲の人が避けていく。
すみませんと何度も頭を下げながら、わたし鉄の改札へ向かうと、今日一番の混雑にぶつかった。
「――線は、現在運行を取り止めております。振替輸送をご利用ください」
(嘘でしょ!?)
碧惟の家は、この路線しか通っていない。他の電車に乗れば、少しでも近くに行けるのかもしれないが、あいにく梓には地理がわからなかった。
携帯電話で調べてみるかと、取り出してみれば電池切れ。料理教室の間に充電しておくつもりだったんだと思い出しても、もう遅い。
疲労は限界を超えている。
出かけに碧惟に、タクシーで行けと言われたのを思い出して、タクシー乗り場に向かう。案の定、乗り場には長蛇の列ができていたが、並ぶしかないだろう。
(あと、もう少し)
電車でも車でも、いつもならあと15分もあれば、碧惟の家に着ける距離だ。
けれど、雪の中を歩くには遠いし、そもそも道もわからない。
結局1時間以上並んで、ようやくタクシーに乗りつけた。
のろのろと雪道を進むタクシーの窓から眺めると、いまだ見慣れない東京の街は白く沈んでいる。梓の頭の中も、ぼうっと白く霞がかかっているような気がした。
大きなビル街を抜けると、住宅が増えてくる。
周囲の景色を見る限り、碧惟の家まであとわずかだろうかというところで、渋滞にはまった。
(もう少しなのに!)
運転手が、道路状況を調べてくれる。
「お客さん、この先でスリップ事故があったみたいで、右折できないみたいだわ。もうすぐそこなんだけどね。急ぐなら、歩いた方が早いと思うけど」
「それなら、ここで降ります。道を教えてもらえますか?」
「ああ、そこの公園を突っ切れば、すぐだよ。荷物もあるのに、悪いね。大丈夫かい?」
「はい。ありがとうございました!」
10分余りとはいえ、座れたので少し元気が回復した。なんとか気合いを入れて歩き出すと、6個の新キャベツが左右で揺れた。
(絶対、届けるから)
碧惟の役に立ちたい。役に立てるところを見てほしい。
碧惟に見てほしい。自分を認めてほしい。
碧惟に会いたい。皮肉げでもいいから、笑いかけてほしい。
(あれ、なにかおかしい気がする……)
雪に埋もれそうな足を、一歩ずつ前に進めながら、梓は首をかしfげる。
純粋に碧惟と恭平の役に立ちたいと思って出発したはずが、どことなくずれていっている。
そうは思うが、頭に降りしきる雪、手に食い込む荷物、重たい体、すっかりかじかんだ爪先に思考は鈍る。
(とにかく先生に届けなくちゃ……)
視界が、白く煙る。雪が強くなってきたのかもしれない。
(熱い……)
氷点下の中、梓はすっかり汗をかいていた。肌にはりつく洋服が気持ち悪い。
(先生……)
雪原のように白く染まった広い公園を抜けると、ようやく見慣れた景色に出た。碧惟のマンションは、すぐそこだ。
(あと少し!)
気が抜けたのか、足元が滑った。