料理研究家の婚約レッスン

後悔★

 結局、料理教室に出席した生徒は、定数の半分にも満たなかった。

 これなら教室は延期すれば良かった。そうすれば、キャベツの問題に対応する時間も取れて、梓を行かせなくても済んだかもしれない。後悔が募る。

「皆さん、こんにちは」

 生徒を前にした碧惟は、言葉に詰まった。

 恭平が淀みなく、あとを引き取る。

「こんにちは。今日もアシスタントは戸田です。今日のメニューは、オレッキエッティのブロッコリーソース、新キャベツと新玉ねぎのフリッタータ、グリンピースのスープです。外は寒いですが、グリーンの春野菜で元気に料理していきましょう」

 よろしくお願いしますと恭平と生徒が声をそろえる。すかさず、デモンストレーションが始まるのが通常だった。

 しかし、碧惟の足は動かない。いち早くデモ用のテーブルに回り込もうとした恭平が、いぶかしげに振り返った。

 碧惟は、重い口を開いた。

「皆さん、今日は雪のなか来てくださって、どうもありがとうございます。こんなに天気が悪くなるとは思わなくて。これからは、天候が悪い日は休みにすることも考えていきたいと思います。今日欠席した方は、振り替え授業をしますので、皆さんもこういう日は無理しないようにしてください」

 すみませんでしたと頭を下げると、生徒たちから口々に声が上がった。

「気にしないで、先生」

「振り替えがあるなら、いいわね」

「それだって早めに教えてもらわないと」

 てんでに上がる意見に、もっともだなと碧惟は耳を傾ける。

「お教室の情報は、ホームページかメールしかないんですよね?」

「そうですね」

「もっと簡単に生徒がチェックできるといいんですけど」

「例えば、SNSとか」

「先生、やってないですもんね」

 またSNSだ。最近、同じことばかり言われている気がする。

「検討します」

 碧惟は再度頭を下げると、調理テーブルの定位置についた。

 隣の恭平が、見えないように足先をつついてくる。顔を上げると、ニヤリとしていた。

 恭平は碧惟がなにか言う前に真面目な顔に戻ると、説明を始める。

「では、今日の手順ですが……」

 その後も碧惟は、ふだんより積極的に生徒に話すよう努めた。

 生徒と一対一なら、問題ないのだ。カメラも入っていないし、教えること自体は嫌ではない。むしろ好きなのだと、梓に付きっきりで指導するうちに、明確に自覚するようになった。

 梓の心配や恭平の諫言に気を取られないようレッスンに集中していたせいで、教室が終わる頃には疲れ切っていた。

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