料理研究家の婚約レッスン
風邪薬を飲むところまで見守ると、碧惟は梓を抱き上げた。
「おまえは、もう寝てろ」
「寝ます! 寝ますけど、自分で歩けますから!」
「おとなしくしろ。落っことすぞ」
大きく揺すると、梓は慌てて碧惟の首に腕を巻きつけた。寝間着越しに二の腕の柔らかさが伝わり、碧惟は強く抱き込んだ。
「おまえは、バカか。キャベツなんて、何でもいいのに。こんなになるまで、がんばるやつがあるか」
「でも、あのキャベツ、その辺で売っているものと全然違います。わたしが見てもわかるくらいですから、テレビを見ている人にも、きっと伝わりますよ」
「まったく……おまえは、なんでそこまでやるんだ」
梓はぼんやりした声で答えた。
「わたし……今まで、ちゃんとがんばったことなかったから。先生に初めて会った日、正直、弥生さんに頼まれて、仕方なくここにやって来ました。でも、先生にあっけなく追い返されて、何もできなかった自分を振り返って……今まで流されて、なんとなく生きてきたんだなって痛感したんです。仕事も恋愛も、自分からがんばったことがなかった。だから、この仕事だけはやり遂げてみよう。この仕事で、結婚っていいものだなって先生に思ってもらえたら、仕事も結婚も、わたしのしようとしてきたことに意味があるように思えて……」
「……結婚?」
梓は答えない。
しばらく待っていると、寝息が聞こえてきた。
梓をベッドに寝かせると、顎下までしっかりと布団をかけてやった。梓は安心したように、目を瞑ったままほほ笑む。
碧惟は枕元にしゃがみ込むと、布団の端にそっと手を置いた。
「おまえには価値があるよ。俺は、おまえがいてくれて良かった」
「ふふ……キャベツ、ちゃんと届けました」
うっすらと梓は目を開けた。
「ああ。でも、それだけじゃない。おまえがいてくれて助かっている」
「朝も起きられますしね。少しは、奥さんのいる生活もいいかもしれないって、思えてきました?」
「…………ああ」
「え!? 先生、ほんと?」
「ああ。いいから、寝ろ」
「わたし、先生の役に立ちたかったんです。先生のファンだから。先生の、奥さんだから……」
「………………もう黙れ」
梓の瞳を、碧惟は手のひらで覆った。触れた額は、やはり熱かった。
「おやすみ」
梓はもう何も答えなかった。
(おまえのがんばりは、俺のためだと思っていいか?)
足がしびれるまで、碧惟はそうしていた。
「おまえは、もう寝てろ」
「寝ます! 寝ますけど、自分で歩けますから!」
「おとなしくしろ。落っことすぞ」
大きく揺すると、梓は慌てて碧惟の首に腕を巻きつけた。寝間着越しに二の腕の柔らかさが伝わり、碧惟は強く抱き込んだ。
「おまえは、バカか。キャベツなんて、何でもいいのに。こんなになるまで、がんばるやつがあるか」
「でも、あのキャベツ、その辺で売っているものと全然違います。わたしが見てもわかるくらいですから、テレビを見ている人にも、きっと伝わりますよ」
「まったく……おまえは、なんでそこまでやるんだ」
梓はぼんやりした声で答えた。
「わたし……今まで、ちゃんとがんばったことなかったから。先生に初めて会った日、正直、弥生さんに頼まれて、仕方なくここにやって来ました。でも、先生にあっけなく追い返されて、何もできなかった自分を振り返って……今まで流されて、なんとなく生きてきたんだなって痛感したんです。仕事も恋愛も、自分からがんばったことがなかった。だから、この仕事だけはやり遂げてみよう。この仕事で、結婚っていいものだなって先生に思ってもらえたら、仕事も結婚も、わたしのしようとしてきたことに意味があるように思えて……」
「……結婚?」
梓は答えない。
しばらく待っていると、寝息が聞こえてきた。
梓をベッドに寝かせると、顎下までしっかりと布団をかけてやった。梓は安心したように、目を瞑ったままほほ笑む。
碧惟は枕元にしゃがみ込むと、布団の端にそっと手を置いた。
「おまえには価値があるよ。俺は、おまえがいてくれて良かった」
「ふふ……キャベツ、ちゃんと届けました」
うっすらと梓は目を開けた。
「ああ。でも、それだけじゃない。おまえがいてくれて助かっている」
「朝も起きられますしね。少しは、奥さんのいる生活もいいかもしれないって、思えてきました?」
「…………ああ」
「え!? 先生、ほんと?」
「ああ。いいから、寝ろ」
「わたし、先生の役に立ちたかったんです。先生のファンだから。先生の、奥さんだから……」
「………………もう黙れ」
梓の瞳を、碧惟は手のひらで覆った。触れた額は、やはり熱かった。
「おやすみ」
梓はもう何も答えなかった。
(おまえのがんばりは、俺のためだと思っていいか?)
足がしびれるまで、碧惟はそうしていた。