料理研究家の婚約レッスン
Lesson 6
朝の日課
翌日曜日、テレビ収録の手伝いは諦めて一日寝ていると、梓の熱は下がり、月曜日には普段どおりに起き上がることができた。
梓の朝は早い。
実家にいたときは、会社に通っていたときでも時間ギリギリまでベッドに寝転がっていたが、寝起き自体は良いのだ。今は、碧惟を起こすという使命があるから、ダラダラしないですぐにベッドから出て、身支度を整える。その方が、ぐうたらしているより体調が良いことも実感していた。
規則正しい生活と食事のおかげか、髪や肌も整ってきたので、ヘアメイクも楽しい。丁寧にマスカラを仕上げて、鏡の前でひとりうなずいた。
碧惟や湖春には敵うべくもないが、影のような女はもういない。
起こす時間になると、碧惟の部屋をノックする。返事がないのは、いつものこと。
「おはようございます」
カーテンを開けて、日の光を入れる。徐々に日が長くなり、最近ではすっかり夜が明けているようになった。
ルームスプレーをシュッと吹きかけると、爽やかな香りが広がる。碧惟の好みも確認して選んだベルガモットにグレープフルーツとミントを加えた特製のアロマを、思い切り吸い込む。
それから、碧惟の好きな音楽をかけて、小さく口ずさみながら様子をうかがい、もう一度声をかける。
「先生、おはようございます。起きてください」
「うぅ……」
何らかの反応があったら、いいほう。肩を揺らし、薄目が開いたら、蒸しタオルを渡そうとする。
これを顔に当てれば、一気に目覚めてくれる。
「時間ですよ。お布団、取りますよ」
タオルを差し出した梓の腕を掴み、碧惟が寝返りをうつ。巻き込まれた梓は、碧惟の上に覆い被さりそうになった。
「あっ」
「……んん」
転びそうになった梓を抱きとめ、碧惟がくぐもった声を漏らす。
「ちょっと、先生……」
碧惟の手が、梓の背を滑る。首筋に、高い鼻が当たる。温かな吐息が肌をかすめて、梓は慌てて起き上がった。
「先生……っ!」
「ん?」
間近で視線が絡む。
サッと赤く染まった顔を、梓は背けた。
「は、早く起きてくださいっ!」
「……うん、おはよう」
「…………おはようございます」
のろのろと起き上がった碧惟を直視できずに、それでもきちんと目を覚ましたことを確認してから、梓は部屋を出る。
(……心臓に悪い)
碧惟の寝起きは、以前よりいくらかマシになった。梓が手を変え品を変え、起こしている努力が実を結んできたのかもしれない。
だけど……。
(最近ちょっと接触が多いんだよね)
寝ぼけているんだから、仕方ないとは思う。
しかし、気をつけていても、ある程度近づかないと碧惟は起きてくれない。
「……はぁ」
今朝も掴まれてしまった手首を撫でながら、梓は熱っぽい息をついた。
せっかく下がった熱が上がりそうだ。ベッドまで抱き上げて運んでもらったときの感触は、まだ生々しい。
「なんだ、朝からため息ついて」
「あっ、すみません。おはようございます」
「うん、おはよう」
欠伸をしながら廊下に出てきた碧惟は、すれ違いざま、梓の頭をくしゃっと掻き混ぜた。
そのまま洗面所に向かっていく。
「……はぁ」
とがめられたというのに、梓はまたため息を漏らす。
(寝ぼけていても、かっこいいなぁ)
以前は、客観的に見てきれいな顔立ちだなと思うだけだったのに、最近は碧惟を見るたびにドクンと心臓が跳ねる。
(これはもう、完ぺきに好きになっちゃってるよね)
梓は、碧惟への恋心を自覚して、またため息を落とした。
梓の朝は早い。
実家にいたときは、会社に通っていたときでも時間ギリギリまでベッドに寝転がっていたが、寝起き自体は良いのだ。今は、碧惟を起こすという使命があるから、ダラダラしないですぐにベッドから出て、身支度を整える。その方が、ぐうたらしているより体調が良いことも実感していた。
規則正しい生活と食事のおかげか、髪や肌も整ってきたので、ヘアメイクも楽しい。丁寧にマスカラを仕上げて、鏡の前でひとりうなずいた。
碧惟や湖春には敵うべくもないが、影のような女はもういない。
起こす時間になると、碧惟の部屋をノックする。返事がないのは、いつものこと。
「おはようございます」
カーテンを開けて、日の光を入れる。徐々に日が長くなり、最近ではすっかり夜が明けているようになった。
ルームスプレーをシュッと吹きかけると、爽やかな香りが広がる。碧惟の好みも確認して選んだベルガモットにグレープフルーツとミントを加えた特製のアロマを、思い切り吸い込む。
それから、碧惟の好きな音楽をかけて、小さく口ずさみながら様子をうかがい、もう一度声をかける。
「先生、おはようございます。起きてください」
「うぅ……」
何らかの反応があったら、いいほう。肩を揺らし、薄目が開いたら、蒸しタオルを渡そうとする。
これを顔に当てれば、一気に目覚めてくれる。
「時間ですよ。お布団、取りますよ」
タオルを差し出した梓の腕を掴み、碧惟が寝返りをうつ。巻き込まれた梓は、碧惟の上に覆い被さりそうになった。
「あっ」
「……んん」
転びそうになった梓を抱きとめ、碧惟がくぐもった声を漏らす。
「ちょっと、先生……」
碧惟の手が、梓の背を滑る。首筋に、高い鼻が当たる。温かな吐息が肌をかすめて、梓は慌てて起き上がった。
「先生……っ!」
「ん?」
間近で視線が絡む。
サッと赤く染まった顔を、梓は背けた。
「は、早く起きてくださいっ!」
「……うん、おはよう」
「…………おはようございます」
のろのろと起き上がった碧惟を直視できずに、それでもきちんと目を覚ましたことを確認してから、梓は部屋を出る。
(……心臓に悪い)
碧惟の寝起きは、以前よりいくらかマシになった。梓が手を変え品を変え、起こしている努力が実を結んできたのかもしれない。
だけど……。
(最近ちょっと接触が多いんだよね)
寝ぼけているんだから、仕方ないとは思う。
しかし、気をつけていても、ある程度近づかないと碧惟は起きてくれない。
「……はぁ」
今朝も掴まれてしまった手首を撫でながら、梓は熱っぽい息をついた。
せっかく下がった熱が上がりそうだ。ベッドまで抱き上げて運んでもらったときの感触は、まだ生々しい。
「なんだ、朝からため息ついて」
「あっ、すみません。おはようございます」
「うん、おはよう」
欠伸をしながら廊下に出てきた碧惟は、すれ違いざま、梓の頭をくしゃっと掻き混ぜた。
そのまま洗面所に向かっていく。
「……はぁ」
とがめられたというのに、梓はまたため息を漏らす。
(寝ぼけていても、かっこいいなぁ)
以前は、客観的に見てきれいな顔立ちだなと思うだけだったのに、最近は碧惟を見るたびにドクンと心臓が跳ねる。
(これはもう、完ぺきに好きになっちゃってるよね)
梓は、碧惟への恋心を自覚して、またため息を落とした。