料理研究家の婚約レッスン
決別
翌日、会社から帰るときは、少し緊張した。碧惟は今日、迎えに来ない。
会社を出て、昨日武に会った辺りで、周囲を見渡してしまう。
(いるわけないか)
武は、出張で来ていると言っていた。
同じ会社に勤めていたからわかるが、東京への出張なら日帰りか、せいぜい一泊だろう。仕事で来ているのなら、自由になる時間がそれほどあるとは思えない。
「ただいま」
「お帰り」
碧惟は、リビングにいた。
「先生、早かったんですね」
「ああ、俺も今ついたとこ」
言葉に険はないのに、碧惟はつと目を逸らした。
まただ。昨日から、何度もあった気がする。
武に会ってから、なにかしっくり来ていない。
(わたしが、武とのこと隠しているからだよね)
碧惟に言っていない過去が、胸を重く押し潰している。
碧惟の方でも、それを感じているのだろう。気を抜くとすぐにギクシャクしてしまうのだ。
「荷物を置いてきますね。……あ」
自分の部屋に行こうとして、梓はUターンする。
「すみません。ちょっと出かけてきます」
「これから?」
「そこのドラッグストアに行くだけなので、すぐに戻ってきます」
武のことを考えていたせいか、メイク落としがもうないのを、すっかり忘れていたのだ。
徒歩5分のドラッグストアでサッと目当てのものを買う。
(武のこと、話したほうがいいのかな)
碧惟に聞いてもらいたい気は、少しだけした。
でも、余計な心配はかけたくないし、聞いて楽しい話でもないだろう。
それに、結婚寸前までいったのに、浮気された挙句に破談になったなんて、知られたくない。
碧惟とうまくいくなんて期待してはいけないと思っているが、せめて碧惟には、できるだけよく思っていてほしい。他の男に捨てられた女だと思われるのは、惨めな気がした。
薄暗い歩道に、梓の提げたドラッグストアの小さなビニール袋が白く揺れる。
マンションのすぐ近くの大きな公園の前で、そのビニールがカサリと音を立てて止まった。
「梓」
公園の入口の車止めに腰かけていたのは、武だった。
「どうしてここに?」
「……昨日、追いかけた」
「なんでそんなこと……」
碧惟の車を、タクシーでも使って追いかけたのだろうか。
梓の知っている武は、およそそんなことをする人間ではなかった。梓のことはあっさりと捨てたように見えたし、そもそもあまり物事に執着せず、うまく世を渡る男だったはずだ。
梓の知っていた武と違う。なんだか寒気がした。
「どうして、こんな豪華なマンションへ行くんだよ。まさかとは思うが、出海碧惟と……」
「武に関係ない!」
会社を出て、昨日武に会った辺りで、周囲を見渡してしまう。
(いるわけないか)
武は、出張で来ていると言っていた。
同じ会社に勤めていたからわかるが、東京への出張なら日帰りか、せいぜい一泊だろう。仕事で来ているのなら、自由になる時間がそれほどあるとは思えない。
「ただいま」
「お帰り」
碧惟は、リビングにいた。
「先生、早かったんですね」
「ああ、俺も今ついたとこ」
言葉に険はないのに、碧惟はつと目を逸らした。
まただ。昨日から、何度もあった気がする。
武に会ってから、なにかしっくり来ていない。
(わたしが、武とのこと隠しているからだよね)
碧惟に言っていない過去が、胸を重く押し潰している。
碧惟の方でも、それを感じているのだろう。気を抜くとすぐにギクシャクしてしまうのだ。
「荷物を置いてきますね。……あ」
自分の部屋に行こうとして、梓はUターンする。
「すみません。ちょっと出かけてきます」
「これから?」
「そこのドラッグストアに行くだけなので、すぐに戻ってきます」
武のことを考えていたせいか、メイク落としがもうないのを、すっかり忘れていたのだ。
徒歩5分のドラッグストアでサッと目当てのものを買う。
(武のこと、話したほうがいいのかな)
碧惟に聞いてもらいたい気は、少しだけした。
でも、余計な心配はかけたくないし、聞いて楽しい話でもないだろう。
それに、結婚寸前までいったのに、浮気された挙句に破談になったなんて、知られたくない。
碧惟とうまくいくなんて期待してはいけないと思っているが、せめて碧惟には、できるだけよく思っていてほしい。他の男に捨てられた女だと思われるのは、惨めな気がした。
薄暗い歩道に、梓の提げたドラッグストアの小さなビニール袋が白く揺れる。
マンションのすぐ近くの大きな公園の前で、そのビニールがカサリと音を立てて止まった。
「梓」
公園の入口の車止めに腰かけていたのは、武だった。
「どうしてここに?」
「……昨日、追いかけた」
「なんでそんなこと……」
碧惟の車を、タクシーでも使って追いかけたのだろうか。
梓の知っている武は、およそそんなことをする人間ではなかった。梓のことはあっさりと捨てたように見えたし、そもそもあまり物事に執着せず、うまく世を渡る男だったはずだ。
梓の知っていた武と違う。なんだか寒気がした。
「どうして、こんな豪華なマンションへ行くんだよ。まさかとは思うが、出海碧惟と……」
「武に関係ない!」