料理研究家の婚約レッスン
Lesson 7
遭遇
子どもの頃だって、こんなにご飯を楽しみにしたことはなかった。
(今日のご飯は何かな?)
梓は毎日、弾むような気持ちで碧惟の家へと帰る。
「ただいま!」
101号室のドアを勢いよく開けた梓は、玄関に見慣れない靴があることに気づいた。
(お客さんっ!?)
女性物の靴だ。
(まさか浮気……!?)
反射的にそう思ってしまったのは、元婚約者の悪影響だろう。
でも、それならまだマシかもしれない。万一、碧惟と梓が一緒に暮らしていることが世間にバレたら、一大スキャンダルだ。
(どうしよう。思い切り「ただいま」って言っちゃった!)
このままそっと外に出て、しばらく帰って来ない方がいいかと踵を返した梓の背中に、落ち着いた女性の声が掛かった。
「あら、どちら様?」
「あ……こんばんは」
梓は、覚悟を決めて振り返る。
この場合、碧惟のアシスタントと言った方がいいのだろうか、それとも編プロのアルバイトだと言った方がいいのだろうか。
悩みながらも上げた視線の先には、どこかで会ったような顔が待ち受けていた。
「え……もしかして……!」
「こんばんは。碧惟の母の出海翠です」
(やっぱり!)
翠は、30年以上のキャリアを持つ料理研究家だ。和食を中心とした家庭料理のレシピに定評があり、雑誌やテレビで多数のレギュラーを持つ売れっ子だった。
知名度は碧惟よりも高い。そもそも碧惟は、翠の息子として売り出されたのだ。
すらりと背の高いスレンダーな体型に、白のブラウスがよく似合う。パッチリと大きな瞳は、とても碧惟のような大きな息子がいるようには見えない美貌だった。
「は、初めまして! 河合梓と申します」
「梓さんとおっしゃるのね。いつも碧惟がお世話になっております」
「いえ! こちらこそ、先生には大変お世話になっています!」
「……何やってんだよ」
玄関先で頭を下げあう二人に割り込んで来たのは、碧惟だった。
「あら、お客様だと思って出迎えたのに、ずいぶんな言い草じゃない?」
「こいつは客じゃない」
すげなく言い返し、碧惟は梓にさっさと家に上がるように言う。
「あ……わたし、今、先生のアシスタントというか、あの……」
しどろもどろに言い訳しようとする梓を、碧惟は自分の横に引っ張りこむ。
「母さん。俺、梓と付き合ってんの。今、一緒に住んでるから」
「先生……!?」
「え、えぇっ!?」
「ほら、母さんはさっさと帰る」
「ちょっと待ちなさい!」
案の定、翠は驚いている。
「あーぁ、何やってんの」
最後に出てきたのは、恭平だ。
「恭平君! 碧惟が、アシスタントの女の子をたぶらかしたのね!?」
「うーん、正確には、正規のアシスタントじゃなくて、河合さんは編プロに勤めているんですけどね」
「なんですって!? 梓さん、大丈夫? 仕事をネタに、無理やり付き合わされているんじゃない?」
「いえ、そんなことは全く……」
「こんなかわいい子を連れ込んで、うちのバカ息子は!」
「いきなり来ておいて、息子の悪口かよ」
「わたしはあなたの過去を知っているから、梓さんの心配をしているんです!」
「過去……?」
いぶかしんだ梓に、碧惟が慌てる。
(今日のご飯は何かな?)
梓は毎日、弾むような気持ちで碧惟の家へと帰る。
「ただいま!」
101号室のドアを勢いよく開けた梓は、玄関に見慣れない靴があることに気づいた。
(お客さんっ!?)
女性物の靴だ。
(まさか浮気……!?)
反射的にそう思ってしまったのは、元婚約者の悪影響だろう。
でも、それならまだマシかもしれない。万一、碧惟と梓が一緒に暮らしていることが世間にバレたら、一大スキャンダルだ。
(どうしよう。思い切り「ただいま」って言っちゃった!)
このままそっと外に出て、しばらく帰って来ない方がいいかと踵を返した梓の背中に、落ち着いた女性の声が掛かった。
「あら、どちら様?」
「あ……こんばんは」
梓は、覚悟を決めて振り返る。
この場合、碧惟のアシスタントと言った方がいいのだろうか、それとも編プロのアルバイトだと言った方がいいのだろうか。
悩みながらも上げた視線の先には、どこかで会ったような顔が待ち受けていた。
「え……もしかして……!」
「こんばんは。碧惟の母の出海翠です」
(やっぱり!)
翠は、30年以上のキャリアを持つ料理研究家だ。和食を中心とした家庭料理のレシピに定評があり、雑誌やテレビで多数のレギュラーを持つ売れっ子だった。
知名度は碧惟よりも高い。そもそも碧惟は、翠の息子として売り出されたのだ。
すらりと背の高いスレンダーな体型に、白のブラウスがよく似合う。パッチリと大きな瞳は、とても碧惟のような大きな息子がいるようには見えない美貌だった。
「は、初めまして! 河合梓と申します」
「梓さんとおっしゃるのね。いつも碧惟がお世話になっております」
「いえ! こちらこそ、先生には大変お世話になっています!」
「……何やってんだよ」
玄関先で頭を下げあう二人に割り込んで来たのは、碧惟だった。
「あら、お客様だと思って出迎えたのに、ずいぶんな言い草じゃない?」
「こいつは客じゃない」
すげなく言い返し、碧惟は梓にさっさと家に上がるように言う。
「あ……わたし、今、先生のアシスタントというか、あの……」
しどろもどろに言い訳しようとする梓を、碧惟は自分の横に引っ張りこむ。
「母さん。俺、梓と付き合ってんの。今、一緒に住んでるから」
「先生……!?」
「え、えぇっ!?」
「ほら、母さんはさっさと帰る」
「ちょっと待ちなさい!」
案の定、翠は驚いている。
「あーぁ、何やってんの」
最後に出てきたのは、恭平だ。
「恭平君! 碧惟が、アシスタントの女の子をたぶらかしたのね!?」
「うーん、正確には、正規のアシスタントじゃなくて、河合さんは編プロに勤めているんですけどね」
「なんですって!? 梓さん、大丈夫? 仕事をネタに、無理やり付き合わされているんじゃない?」
「いえ、そんなことは全く……」
「こんなかわいい子を連れ込んで、うちのバカ息子は!」
「いきなり来ておいて、息子の悪口かよ」
「わたしはあなたの過去を知っているから、梓さんの心配をしているんです!」
「過去……?」
いぶかしんだ梓に、碧惟が慌てる。