料理研究家の婚約レッスン

面会★

 当日、梓は見慣れないワンピースで、髪を複雑に編んでいた。

「珍しい格好だな」

「そりゃあ……」

 恥ずかしそうに口ごもるのは、碧惟の両親のためにしてくれた支度だからだろう。

 碧惟にしてみれば不本意な会だったが、この日のために梓が着飾ってくれたのはうれしかった。

「よく似合ってる。かわいいよ」

「ありがとうございます」

 照れた梓をタクシーに乗せ、ホテルへ行く。

「梓さん、また会えてうれしいわ」

「こちらこそ、お招きありがとうございます」

 翠が、レストランの個室を予約してくれていた。

 ホテルの従業員とも顔見知りの翠は、終始ほがらかだった。大方、仕事の会合でもこおホテルを利用しているのだろう。ご苦労なことだ。

「わたしが言うのもおかしいけれど、惟人《これひと》さんのお料理、楽しんでちょうだいね」

「ありがとうございます。楽しみにしていました」

 梓は翠に問われるまま、あれこれと話している。順調な滑り出しに、碧惟はそっと安堵した。

(想定より機嫌がいいな)

 夫は仕事が抜けられず、3人だけの会になったからだろうか。

 碧惟がイタリアに渡る前、両親の仲は冷めているように見えた。お互い仕事が多忙で、2人で話しているような姿はとんと見ないようになっていたからだ。

 帰国後、翠とは仕事をともにするようになったが、父親とは少し距離が空いてしまったように思う。両親が揃って顔を合わせることは少なかった。

 碧惟が物思いにふけっている間も、翠はとうとうと話している。

「この子、かっこつけてる割には、抜けてるでしょう。恭平君や湖春ちゃんがいてくれるから、何とかなっているようなものだもの。何かあったら、梓さんも遠慮なくわたしに言ってちょうだいね」

「ええ、ありがとうございます」

「おい、なんだよ。ちゃんとやってるだろ」

 目を離すと、何を言われるのかたまったもんじゃない。

 碧惟は両親のことを考えるのはやめて、この場に集中した。

 梓は一品一品おいしいと声をあげて、翠やスタッフを喜ばせている。

 梓は交際に反対されるのではないかと心配していたが、やはり翠にそんな意図はないようで、梓を歓迎しているようだった。

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