副社長と恋のような恋を
一人前ではなく一介の作家
 秘密は誰にも知られてはいけない。仮に秘密が知られてしまったとする。秘密を知った人との間には絆が生まれる。

 その秘密が罪を背負うものであれば共犯者。喜びを分かち合うものであれば友情。

 なら、愛はどんな秘密を共有すればいいのだろう。

「ほら、都築先生、行くよ」

「そっちの名前で呼ばないでください」

「ああ、ごめん。行こう、麻衣」

「それはちょっと」

 謝る気などない顔に向かって、力なく否定してみた。

 目の前にいる男と秘密を共有している。いや、違う、これは秘密を利用されている。そして私も利用されたゆえに、生まれたメリットに食いついている。

 大好きな作家さんが書いた小説の中で“秘密を知った人との間には絆が生まれる”という一節があった。利用されては絆なんて生まれやしない。利益に食いついているのだから絆なんて生まれない。私に今あるのは小説のネタにしてやるという作家根性だけだ。

「また、やっちゃってますね、瞬間移動現象と十二単現象」

「すみません」

「恋愛小説、厳しいですか?」

 机を挟んで目の前に座るのは担当編集の角田(つのだ)さん。私がデビューしたときから担当してくれている。今年でもう五年だ。

「あまり読まないジャンルなんで」
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