副社長と恋のような恋を
「あの、一度でも息子さんが描いた絵を見たことはありますか。息子さんが絵を描いている姿をみたことはありますか。息子さんと絵の話をしたことはありますか。息子さんが書いた小説を読んだことはありますか。息子さんが小説を書いている姿をみたことはありますか。息子さんと本の話をしたことはありますか」

 そう質問攻めにすると、お母さんは怒りを含んだ口調で言ってきた。

「私がなってほしくない職業に就いた息子が作り出したものを見るわけないでしょ。読むわけないでしょ」

「二人が心血注いで作り上げたものを見ないなんて。そんな人に二人の仕事を否定する権利はないと思います。そして私の小説を読んだことのない人に、私が作家であることを否定する権利はありません。明人さんとも別れませんから」

 私は勢いよく立ち上がり、お財布から千円札を抜いてテーブルに置いた。それから軽く会釈をしてカフェを出た。

 副社長との待ち合わせ時間はとっくに過ぎていた。スマホには副社長からの着信がいっぱいあった。副社長に電話をすると、すぐに出てくれた。

『麻衣、今どこにいるんだ。連絡してもつながらないから心配したよ』

「ごめんなさい。さっき、明人さんのお母さんに会いました。頭にきて啖呵を切っちゃいました。すみません」
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