副社長と恋のような恋を
 コートのポケットに突っ込まれていた副社長の手が出てきて、私の前に差し出された。その手に自分の手を重ねた。

 そのまま副社長のマンションへ行き、明日はそこから会社に行くことになっている。

 マンションへ帰り、私が先にシャワーを借りて、副社長がシャワーを浴びているときだった。

 リビングに飾ってあるお兄さんが描いた絵がイーゼルから少しずれていた。それを直そうと思い、絵を手に取った。絵の部分を触らないように気をつけて持ち上げる。キャンバスの裏になにか貼られているように思い、裏返した。

 そこには少し古ぼけたシールが貼られている。シールには“夏を握りつぶした日に、僕はすべてをあきらめた”と書かれていた。このフレーズ、なにかで読んだ。たぶん、いつか読んだ小説だろう。考えても思い出せなかった。

 絵をもとに戻して、ソファに座った。それからスマホを出して、検索をかけようとしたとき、副社長がバスルームから出てきた。私はスマホをしまう。 そして当たり前のように抱きしめてくる副社長の背中に腕を回した。

 ◇◇◇

「都築先生、装丁のサンプルを用意しました。どれがいいですか?」

 角田さんが三枚の装丁をテーブルの上に並べた。これは、二年前に発売した単行本が文庫化されることにより、装丁を新しくすることになった。
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