副社長と恋のような恋を
 今年、発売された小説がそこそこ売れたことによって、過去の作品の文庫化の話が決まったらしい。作家にとっては有り難いことだ。

「このソーダ水の中にガラスの人形が沈められてるのが好きですね。内容も思春期ならではの見えない閉塞感がテーマになっていますし」

「これを選ぶと思いました。私は、こっちのレモンを握りつぶしているイラストも捨てがたいんですよね」

「私も、それもいいなと思ったんですよ」

 装丁に関しては出版社側も作家側もかなり悩むところだ。表紙のデザインを変えたらヒット作になったなんてこともある。人間は視覚から得られる情報に左右されやすい生き物なのだろう。

「単行本のときも表紙は水色ですよね。それなら黄色をメインにしているレモンのほうが」

 私はテーブルに置かれている単行本版のほうを見ながら言った。単行本は水色の背景に傘やレモン、缶ジュースなど、小説の中でキーアイテムとして出てくるものが白い線で描かれている。

「そうですね。今回、文庫化に合わせてあとがきも足すじゃないですか。表紙のことをネタにするならどっちが書きやすいですか?」

「それなら、ソーダ水のほうかな。レモンでも書こうと思えば書けますよ」
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