副社長と恋のような恋を
 アルコールで火照った頬に夜風が当たる。マフラーを少し上げて口元を隠した。そして駅へと向かう。

 家に帰って、眠ってしまえば、今日のことは夢と区別がつかなくなり、誕生日に起きた幻となってしまうだろう。

 ◇◇◇

 ついこの前まで正月だの言っていたはずなのに、気が付けば五月。初夏の陽気が多くなった。

「酒井、今日の会議、パワポの操作任せてもいいか」

「はい」

 私の後ろの席に座る落合さんの所へ向かった。

「今回の会議は卒業式シーズン、入学式シーズンであるのに時計の売れ行きが悪い。ここで梃入れをすることになった。営業が進める戦略を俺が説明するから、それに合わせてパワポの操作をしてくれればいいから。あと、今日は副社長も出席するそうだ」

「副社長ですか? 私、初めて顔みます」

 副社長は今年の四月に就任した人だ。副社長に会ったことがある人は皆口を揃えて言う。イケメンだった、神の黒笑(こくしょう)だったと。その神の黒笑とはなんだかよくわからない。ただ、副社長のいる会議に出席したことある人は、理解できるらしい。

「俺も初めて見るよ。副社長って三十六歳なんだって。若いよな。俺とたった四つしか違わないんだ。もし自分が、今副社長になれなんて言われたら逃げ出すかも」
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