副社長と恋のような恋を
「そうですよね。まあ、この会社を継ぐって、早い段階で覚悟していた人なんでしょうね」

 パソコンの画面を見ながら、そう言うと落合さんはいやと言った。

「そうでもないみたい。本当は副社長のお兄さんが継ぐ予定だったらしいんだ。ただ、そのお兄さんが芸術家肌でふらっと海外に行って、そのまま移住したって噂」

「でも、社長は副社長のお祖父さんにあたる人ですよね。順当にいけば副社長のお父さんが就任するべきじゃないんですか?」

「そう思うよね。社長と副社長のお父さん、だから社長の実の息子か。すごく仲が悪いらしい。経営理念がまったく逆らしいよ。息子さんは自分で事業起こして、そっちで成功しているらしいって聞いたことがある」

「そうなんですか」

 一瞬、小説のネタになるかなと思ってしまった。自分が今働いている会社をネタにするのはマナー違反だ。いや倫理違反か。とにかく駄目だ。そう自分に言い聞かせる。

 うちの会社は時計メーカーだ。川島時計店という街の小さな時計店から始まり、現在は名前をCRONUS(クロノス)に変え、創業百年という歴史の長い企業だ。それだけの歴史があれば、いざこざが起きてもしょうがない気がする。
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