副社長と恋のような恋を
「なにがいい?」

「初めて来るところなので、副社長にお任せします」

「そう。アレルギーや嫌いなものは?」

「ありません」

 副社長はわかったと言って、ウェイターにワインや食事を注文した。

「ワインもこっちで決めてしまったけれど、よかった?」

「はい」

「そうだ。これ、読んだよ」

 副社長はカバンから単行本を一冊取り出し、それをテーブルの上に置いた。

 その本は私が二十一歳のときに新人賞を取った作品。いわゆるデビュー作だ。これは自分が思っていた以上に売れた。でもそのあとに出した作品はこれを超えるほど売れたものはない。

 この本を出されてしまえば逃げることはできない。あの日の約束を副社長は守ったのだから。

「読んでくださりありがとうございます」

「じゃあ、合ってたんだね、都築先生」

「はい」

「これ、すごく良かったよ。高校生のころ感じた独特の閉塞感や孤独感。でも、自分はこんなもんじゃないっていう青臭さ。懐かしい気分になった。今、雑誌に連載している小説もいいね」

 本当に読んでくれたんだと、その感想を聞いて思った。私が小説の中で作り出したかった青春を、副社長はちゃんと読み取ってくれていた。

「今、連載中の作品も読んでくれたんですか? 嬉しいです」
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