副社長と恋のような恋を
 角田さんはきれいに整えられたネイルを原稿の上へ滑らせる。ネイルは新春を思われるような薄いピンク色にゴールドのラメが控えめに光っていた。

「この部分はさすがです。恋した瞬間の比喩。当たり前の言葉を使っているのに、そうこういう気持ちと共感できる。都築先生は技術を持っています。だから萎縮しないでください。いいところで無難なほうに逃げないでください」

「角田さんには嘘がつけないですね。ヒロインを貶めるような酷い女を出して、ヒロインを苦しめて、それを助けるヒーロー。そして愛が深くなる。そうすればもっと小説がおもしろくなるのはわかっているのに、自分が生み出した登場人物を苦しめることができないんです。だからどこか無難な流れになっちゃうんですよね。恋愛小説だと特に」

「それは都築先生の優しさです。それが都築小説の軸です。大事にしてください。ただ、そろそろもう一歩先へ進むべきですよ」と、角田さんは少し微笑んで言った。

 自分でもわかっていること。そして角田さんも私がそのことを自覚しているのを知っている。それを敢えて口にしたということは、作家としてそろそろヒットを出してくれということなのだろう。
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