副社長と恋のような恋を
「私、ヒント言い過ぎましたね。でも、私が言ったことに嘘が紛れているかもしれないとは考えなかったんですか?」

「君は嘘がつけない人だよ。一応、副社長なんてやっているんだ。ほかの人よりは人を見抜く目をそれなりに持っている自信はある」

 あの日は随分としゃべってしまったんだな、と実感する。それだけ話していれば、簡単に見つけることができてしまうだろう。

「そうですか。じゃあ、どうして私が都築麻衣だとわかったんですか」

 そう、これが一番の疑問だった。私は作家、都築麻衣として出版社に行くときは変装をしている。

 ダークブラウンでセミロングのウィッグ。ハイヒールにひざ丈のワンピース。そしてコンタクト。メイクはしっかりする。

 別に覆面作家なのだから、そんな変装は必要ないとわかっている。ただ自分の中で作家のスイッチを入れるためだ。

 そして会社員として働く酒井麻衣は平凡だ。黒髪のショートカット。もちろん自前の髪。スカートは履かずパンツスタイルにローヒール。濃紺のフレームのメガネにナチュラルメイク。

 これだけ外観を変えているし、都築麻衣も酒井麻衣も、副社長の前に現れたのはそれぞれ一回。だから、どうして同一人物と判断できたのかがわからない。
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