副社長と恋のような恋を
「その腕時計でわかった」

 左手首にある腕時計に視線を落とした。これは祖母が私にくれたものだ。

 祖母が五十歳の誕生日に祖父からプレゼントされたものらしい。かなり古いものだが年に一回、メンテナンスに出しているおかげで今でも現役で動いている。

「その腕時計は約三十年前にうちの会社から発売されたものだ。しかも数量限定発売。数量も少なく、それだけ古い時計を今使っている人に、この数か月で二度会う可能性は低い。それに歩く後ろ姿が彼女とそっくりだったんだ。どんなに見た目を変えても、後ろ姿まで変えるのは無理だろうしね。あと声も似ていたから」

 よく人を見ている。あの時、一緒にいたのは二時間程度。それでここまでのことを推測するなんて、すごいのを通り越して恐ろしいとさえ思う。

「お見事です。将来、探偵にでもなれそうですね」

「子供のころなりたかった職業の一つだね」

 副社長はクスクスと笑いながら、残り少なくなった白身魚を口に運んだ。

 早く食事を終えて、とっとと帰ってしまおう。そう思って、お皿に残っている白身魚を無言で口に入れた。

 食事を終えると、少しだけライトの明るさが弱まった。ウェイターが各テーブルにキャンドルを置いて回る。キャンドルの炎で室内が柔らかい光に包まれた。
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