副社長と恋のような恋を
 うまい話には裏がある。よく言ったものだ。私の困り果てた顔を、副社長は楽しそうに見ている。

「つまり、副社長と私が疑似恋愛をするってことですか?」

「ああ、言われればそうだね。あっ、でも、結婚とかも含めたほうがいいか。恋愛小説の結末は結婚だしね。なら、今から婚約者ごっこをしようよ」

「婚約者ごっこって。子供が鬼ごっこやろうみたいな感覚で言わないでください」

 私はとんでもないことになったと思い、頭の中は混乱しているのに、副社長はごっこなんだから深く考えなくて大丈夫だよ、と暢気なものだった。

「副社長って、お付き合いしている人は?」

「いないよ。そんな相手がいたら、君にこんな話は持ちかけない」

「そうですよね」

「で、デートはいつにする?」

 思わず、どれだけデートがしたいんですかと言い返してしまった。

「仕事が忙しくて、ずっと恋人がいなかったから、ちょっと楽しいんだ。君と話すのも楽しいしね」

「そうですか」

「あ、俺とプライベートで会うときは都築麻衣先生で来て」

「え、なぜですか?」

「もし社内の人間に見られたら、君が仕事しにくくなるだろう。都築先生の格好なら、君だと気づく人間はいないだろうし」
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