副社長と恋のような恋を
 チョコレートでコートされツヤツヤとしたケーキの中には、ふわふわのスポンジの間にドライフルーツやナッツがぎっしりと詰まっていた。

 きれいに盛り付けられたケーキを口に運べば、香ばしい香りと少しビターなチョコが広がる。

「美味しいです。私、どれを食べても美味しいしか言ってませんね。作家ならも少しバリエーションがあってもいいのに」

「いいんじゃない。君が美味しいっていうとき、すごく幸せそうな顔するから、その言葉がまっすぐ伝わってくるよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 なんだかずるい人だなと思った。交換条件まで付けて、自分の思うままに私を動かす。このケーキだって私へのネタ提供なのかもしれない。でも、こんなことをされては嬉しいと思ってしまう。

 疑似恋愛だろうが、婚約者ごっこだろうが、小説のネタ提供だろうがなんだっていい。素直に喜ぼう。目の前の人は、私が喜んでいる姿を見て、微笑んでくれる人みたいだから。

 ◇◇◇

 次の日、会社に行くと部長から呼び出された。

「今日の十四時にark企画チームの面談があるから、第三会議室に行ってください」

 ここで素直にはいと言っては不自然だ。私は副社長に言ったことを、同じように投げかけた。

「私はただの営業事務です。選ばれる理由がないと思いますが」
< 37 / 192 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop