副社長と恋のような恋を
「じゃあ、どんな仕事だったんですか?」

「うん? 教えない」

 ほら、思った通り。でも、副社長は話を続けた。

「ちょっと話そうかな。一番目の仕事は数年就いて辞めた。二番目は才能がないって、早くに気が付いたからその職業を選ばなかった」

 副社長は私の歩くスピードに合わせて歩いてくれる。この足の長さなら、普通に歩いても早く歩けそうだ。でも、今少しだけ歩くスピードが変わった。副社長の心のざわつきが見えたような気がした。

「どうして一番なりたかった仕事を辞めたんですか」

「疲れたから、かな」

 その言葉の響きは妙にリアルに感じた。自分の同じ理由で小説を辞めようと思ったことがあるからだ。副社長も、芸術関係やエンターテインメント系の仕事をしていたかもしれない。

「疲れ過ぎたら辞めるのも、一つの手ですよね」

「なに、都築先生を辞めるつもり?」

「名前を言わないでください。辞めませんよ、今のところ。疲れたって思うことはあっても、疲れすぎてはいないから」

 副社長はならよかったと言って、私の頭を撫でた。

 この人はどうして不意打ちにこういうことをするのだろ。私が心の中で、ちょっとドキッとしてしまっていることをきっと知らないだろう。そしてこんなちょっとのことで、ドキッとしてしまう自分がいることに少し驚いてもいる。
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