副社長と恋のような恋を
 細い廊下を抜けるとそこはレストランだった。これはクルージングディナーというやつか。

 テーブルに案内され、案内をしてくれた男性がイスを引く。私が腰を下ろすタイミングに合わせて、イスを押した。副社長のほうもスッと現れたウェイターが同じことをしていた。

 二人のウェイターが会釈をして席を離れた。

「あの、なんでクルージングディナーなんですか?」

「夜景がきれいなところで食事がしたかったから」

「それだけの理由でクルージングディナー?」

「嫌だった?」

「いえ、初めて来るところなのでちょっと戸惑っているというか」

「普通のコース料理が食べられるお店に来ただけだよ」と、副社長はなんともない感じで言った。

 フランス料理、クルーザー、夜景。それがすべて似合う副社長。片や美味しければ居酒屋でも屋台でもいい、庶民の私。世界が違うんだなと思ってしまう。

 窓の外を見ていると、船がゆっくりと動き始めた。

「動き始めたね」

「はい」

 店内は満席で、カップルや年配の夫婦、女同士の友達が多かった。私と副社長も恋人同士に見えるのだろうか。

「失礼します。食前酒のシャンパンのシャーベットです」

 シャラシャラとした氷の入った小さいグラスが置かれた。
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