副社長と恋のような恋を
「ないよ。君は?」

「あります。あの観覧車の中で振られたことがあるんです」

 懐かしい思い出だ。高校のころ付き合っていた彼が珍しく遊園地へ行こうと言い出した。自分でデート先を決めない彼。だから、私が行き先を決めていた。

 彼からのデートの誘いにウキウキしながら行けば、最後のデートの思い出作りだった。

「笑顔で乗った観覧車なのに、降りるときはボロボロ泣いて、係員の人に変な顔で見られたのを今でも覚えています」

「へえ」

 副社長は観覧車を見たまま興味なさそうな相槌をした。

「帰り、あれ乗ろうか?」

「いいですね。夜の観覧車だと夜景がきれいでしょうね」

 副社長はこっちを見ずに、そうだねと言った。

「魚介のテリーヌです」

 オードブルが運ばれてきた。細かく刻まれた魚介や野菜がギュッと詰まったテリーヌはとてもきれいだった。

「なんだかステンドグラスみたいできれいですね」

「本当だ。作家さんはきれいな例えを知っているね」

 ずっと外を見ていた副社長がやっとこっちを見てくれた。

「聞いてもいい?」

「なんですか?」

「どうして作家になろうと思ったの?」

「子供のころから本を読むのが好きだったっていうのもあるんですけど、一番の理由は本に救われたから」
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