副社長と恋のような恋を
 副社長はどんなふうに救われたの、と聞いてきた。

「さっきの失恋話には続きがあるんです。真っすぐ家に帰るのが嫌で本屋さんに寄ったんです。そこで平積みされていた本を手に取って。今まで読んだことのない作家さんだったんですけどタイトルに惹かれて。萩野明(はぎのあきら)の『流れる涙、移ろう恋』っていう小説です。家に帰って徹夜で読みました。そっか恋はずっと留まってはくれないんだな。愛じゃなかったからいなくなっちゃったんだなって思ったら、涙も止まりました。そのときこんな素敵な小説を書きたいって思ったんです」

 ミネラルウォーターで少し喉を潤してから話を続けた。

「中学くらいから趣味で小説は書いていたんです。ただ誰かに読んでもらうつもりはなく、自己満足の小説だったんですけど。小説家になるって決めてからは、遅れる新人賞には片っ端から送りました。それでめでたく二十一歳のときに新人賞を」

「そっか。じゃあ、君を振ったその彼に感謝しないとね」

「彼には感謝しません。感謝するのは萩野明先生です」

 空いたお皿が下げられ、グラスに白ワインが注がれた。副社長はそれを手に取り、グラスに口を付けた。

「なぜ? 彼がいなければその小説に出会わなかったのに?」
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