副社長と恋のような恋を
「じゃあ、その時計がきっかけでうちの会社に」

「はい。もともと腕時計って好きで、ファッション誌で特集ページがあると喰いついて読んでいました。高校生のころは友人に変わってるって言われたこともあります。前にも言いましたけど、ここを受けようと思ったのは副業ができる会社だったからっていうのも大きいですね」

 副社長はそうかと言いながら、私の左手を取った。

「月齢、毎月合わせてる?」

「はい。私のスマホには月齢のわかるアプリが入ってますよ」

 月の満ち欠けを示す半月型の小窓が文字盤についている腕時計をムーンフェイズという。月は二十九・五日のサイクルで満ち欠けを繰り返す。私の腕時計はカレンダー機能もついてるため、日付と月齢を手動で合わせないといけない。

「今日は空が曇っていて月が見えないね。本来なら三日月が見えているんだ」

「そうですね。せっかくのクルージングなのに、月が見えなくて残念です」

「いいじゃないか。月はこの中にある。君だけの月が」

「小説みたいなセリフですね」

 そう言って、手を離そうとすると力を込められた。

「君の小説に使える?」

「使いません。私だけの月を人に見せたくないから」

 副社長は一瞬驚いた顔をして、込めた力を抜き、指を絡めようとする。
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