背徳の王太子と密やかな蜜月
「あ、これ食べられそう……」
イザベルは直径十センチほどの、茶色の傘をもつごく普通のキノコを発見した。名前は知らないキノコだが、毒キノコという感じはしない。
よく見ると、周囲の木々の根元や倒れた木の幹に、同じキノコがびっしりと群生している。
(やった! 取り放題じゃない)
今夜はキノコのスープにしよう、とウキウキしながら、イザベルはしゃがみこんでキノコを採り入める。
カゴを持ってこなかったため、着ていた大きめのシャツの裾を袋状にして、次々そこへ放り込んだ。
「よしっ。これくらいかな」
思った以上の収穫に満足して、さて小屋に戻ろうと踵を返したその時だった。
ヒュン、と彼女の頬を鋭いものがかすめて、背後の木の幹にドスッと何かが刺さる音がした。
一瞬にして警戒心を張り巡らせたイザベルは、その場をパッと飛びのいて、矢の刺さった木の陰に隠れる。
(弓矢……? まずい、飛び道具の相手は苦手なのよね)
キノコは全部地面にバラまいてしまったが、仕方ない。ガサガサと草をかき分けて近づいてくるものの気配にごくりと唾を飲み、息を殺す。