背徳の王太子と密やかな蜜月
(嘘……近づかれる気配なんてしなかったのに)
動いたら殺される――。そう思いながらも、ライトブルーの瞳をこわごわ動かし男の武器を確認する。
鈍く光る銀色のそれは剣ではなく、戦闘用の斧のようだ。ということは、この男はやはり山賊なのだろうか。
武道の心得のあるイザベルは、普段なら山賊相手にも立ち向かっていくが、背後に立つ男にはすでに“敵わない”と感じさせる何かがあって、歯向かうことはできなかった。
「ごめんなさい……三日間、何も食べていないの。それで、いい香りがしたものだからつい……」
「あれは俺の食料だ。ほかを当たれ」
「ええ、そうよね……別の場所で木の実でも探すわ」
イザベルが引き下がる態度を見せると、首の皮に当てられていた斧が静かに離れていった。
(よかった。話は通じる人みたい)
そう、胸をなでおろしたのもつかの間。イザベルは張り詰めた緊張が解けたのと、それから極度の空腹で貧血を起こしたらしい。がくんと膝から崩れて、草むらの中に倒れ込んでしまった。