背徳の王太子と密やかな蜜月
炎に包まれる故郷、アレマンド王国。逃げ惑う国民たち。城内で泣きながら両親の姿を探す十歳の自分……。
そして、幼い彼女は見てしまうのだ。シルバラーナ王国の紋章をつけた騎士が、両親の寝室に火を放ち、逃げてゆく場面を。
(お父様……お母様……)
最もつらい記憶が鮮明によみがえるのと同時に、イザベルは唇をきゅ、と噛んで首を横に振った。
シルバラーナ王国は、彼女の故郷アレマンドとはかつて友好国であった。両国は王家のつながりも強く、政治や経済において、協力関係にあるはずだった。
しかしあの事件を境に、イザベルはシルバラーナという国そのものを信じられなくなってしまった。
一方的に仕掛けられた襲撃の目的も、誰が首謀者であったのかも結局はわからず、命からがらたどり着いたこの森で、たったひとりで暮らすようになった。
そして、時間が経つにつれつらい記憶は心の奥深くへと、封じ込めるようになった。
(この騎士がシルバラーナ王国の人間なら、私が生きていると知られるのは、危険かもしれない……)
イザベルはイチかバチか、騎士の前に駆け寄って、馬の足元に跪いた。祈るように両手を合わせて、切実な瞳で訴える。