背徳の王太子と密やかな蜜月
「王女様に、ひとつ差し上げます」
「え、いいわよ。あなたが大事に育てているものなんでしょう?」
さっきは、キノコを持ち去ろうとしたイザベルを「いますぐこの場で殺す」とまで言っていたのだ。簡単に受け取れるわけがない。
彼女は顔の前で手を振って遠慮したが、騎士はその華奢な手を取って無理やりキノコを握らせた。
「王女様になら、あげますよ。とても美味なのですが、ほんの少し中毒性があるので気をつけてくださいね」
「中毒性……?」
「ええ。でもこれひとつくらいなら、問題ありませんよ」
ちょっと怖いと思いながらも、“美味”の言葉にごくりと生唾を飲んでしまったイザベルは、またしても自分の食い意地の強さを痛感して呆れた。
(でも、中毒性があるほど美味しいなんて、気になるじゃない)
彼女が手の中のキノコに興味を引かれている間に、騎士はひらりと馬にまたがった。
「あ、そういえば、あなたの名を……」
問いかけたときには、騎士はすでに森の中へとその姿を消していて、イザベルは「行っちゃった……」と残念そうに呟いた。
彼になら、十三年前のことをもっと詳しく聞いてみたかった。それと、“アロンソ”という知り合いがいないかどうかも――。