背徳の王太子と密やかな蜜月
「……家なんて、ないわ」
「なんだと?」
「私もね、山賊みたいなことして、森で暮らしてるの。こう見えても、けっこう戦えるのよ? ま、あなたには敵いそうにないけれど」
「どうして……」
悪戯っぽく微笑むイザベルに、アロンソは怪訝そうに眉を顰める。
自分のような男ならまだしも、たとえ腕っぷしに自信があったとしても、年頃の女がなぜわざわざ危険な生活を送るのか、理解できなかった。
「……アロンソには、思い出したくない過去って、ない?」
ふと、寂し気の滲んだ声で、イザベルが問いかける。
ライトブルーの瞳の中にはそこはかとない悲しみが揺れていて、アロンソは自分の心の底に沈殿する暗い感情が、共鳴するような感覚を覚えた。
(……そうか。彼女にもきっと、忌まわしき過去があるのだ)
イザベルの状況を理解すると、不思議と彼女に親しみが湧いた。といっても、恋だ愛だといった甘い感情というわけでなく、妹分ができたような、穏やかな気持ちだ。実際、彼はイザベルより八つも年上である。
アロンソは「ああ、あるよ」と肯定した後、彼女にこんな提案をした。