フィンガーマン
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金曜日の夜はだいたい同僚と飲んで帰る。
木村孝則はほろ酔いのいい気分で心地よい眠気と戦いながら帰宅した。
すぐにでも寝てしまいたいが、しっかりスーツにファブリーズをかけ肌着は洗濯機に放り込みそのままお風呂場に直行。
と言っても湯船には浸からず、シャワーで手早く済ませる程度だ。
お酒を飲んだあとの入浴は自殺行為だとよく聞く。
溺れかけたことはないが実際に危ないとは思う。

俺は潔癖症ではないが外出したあとの汚れたままの体でベッドに入るのが苦手だ。
どうしてもシャワーが浴びれなかった時はソファーで眠っていたことがある。
我ながら徹底しているようだった。

無事に任務を完了し、今日も分厚いマットレスの上で泥のように眠りにつく。
今日も1日お疲れ様。
おやすみなさい。

心の中で自分を労いつつそのまま意識を手放す。

カチカチカチ

静かな部屋の中でアナログの時計の針の音だけがやけに響いていた。

『ん……』

深夜の4時、ふいに目が覚める。
またか。

ここに越してきてから夜中にたまに目が覚めることがある。
酔って帰ってきた日はかなりの高確率で何かに起こされたような気がした。

何か気配を感じてなのか、物音が聞こえるような、人影が見えるような。
自分以外の何かがここにいるような、漠然とした不安に襲われる。

明確には分からないが異変は感じていて目覚めたとき日課となりつつある見回りを行う。
クローゼットを開けてみたり、棚を開けてみたり、トイレ、お風呂場、人が潜めそうな場所すべてを確認してみるがやはり誰もいない。
分かってはいても確認せずにはいられない、確実に何かがおかしいと感じていた。

部屋の中に変化はないかとなんとなく家具に触れながら歩いていく。
するとどこからか笑い声が聞こえたような気がしてテーブルの上に置いていた手の動きを止める。

周囲を見回すと目の端で影が横切ったような気がする。
影に気をとられていると手に何かかすかに触れたような感触があった。

勢いよく手を引っ込めるが、妙な感触は気のせいだったような気もしてくる。

『なんなんだよ……』

恐怖を感じながらも現実離れした出来事を信じられない自分も居て結局モヤモヤしたまま布団の中へと舞い戻り再び眠りについた。
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