フィンガーマン
お風呂上がりに缶ビールを開ける。

『ぷはー』

すっかり寛ぎモードにモードチェンジが完了していた。
テレビでもつけようかとも思ったがモールスノートを開きぼんやり眺める。
簡単な単語や、ナツミが言いそうなことなどの文章例、さらにはナツミへの質問なんかもまとめてあった。

好奇心だけでここまで無駄な労力を払うアイツらにため息が出た。
泊まるのはイヤなくせに。

試しに質問の1つを打ってみることにした。

"ナツミ、なにしてるの?"

"ご飯食べてる"

さっそく失敗した。
今何してるかが聞きたかったわけでは無かったのだ。
でも俺もただ「何してるの?」って聞かれたら「ビール飲んでる」って答えただろう。
少し考えれば分かることなのに、気恥ずかしくてそのまま続けることにした。

"なに食べてる?"

"唐揚げとトンカツ弁当"

若いな。最近内臓の調子が悪くなってきたのか胃もたれがひどくて自分から揚げ物を食べようと思うことはほとんど無くなっていた。

"作らないの?"

"作れないし"

しまった。
気を悪くしただろうか。
女の子は料理が出来ると大抵の男は思っている節がある。
かくゆう俺もその一人だった。

"あなたは作るの?"

慌てて謝罪の言葉を考えていたが必要なかったようだ。

"俺も作れない"

"おそろいだね"

ドキッとした。今までの恐怖とは違った意味で。
もっとナツミの事が知りたくなった。
最初に聞きたかったことを聞いてみる。

"学生?"

"うん"

"大学?"

"専門"

"何系?"

"服飾"

"すごいな"

"ただの学生だよ"

"夢があるんだろ?"

"まあね"

"スタイリストとか?"

"内緒"

"えー"

"あなたは?何してる人?"

"ただのサラリーマン"

"何の会社?"

"文具メーカー"

"おもしろそう"

"まあまあかな"

"偉いの?"

"全然"

気がついたら俺の話になっていた。
ナツミの事が知りたいのに彼女も俺に興味があるらしい。
お互いに聞きたいことがたくさんあったようでこの日は遅くまで話してしまった。

モールス信号でのやりとり故に時間も掛かるが、こうやってゆっくりお喋りするのも楽しいものだと気づかされた。
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