フィンガーマン
8月21日―――菜摘失踪当日―――

昼過ぎになったとき、さすがに疲れてきた。
睡魔が容赦なく夢の世界へと誘おうとしてくる。
菜摘を見守らねばという使命感でなんとか意識を保っているギリギリの状態だった。

"長時間話しちゃったね"

"そうだな"

"私、そろそろ限界かも"

"え"

"一回寝ない?"

"でも"

"私がいなくなるのは夜でしょ?"

"ああ"

"それまで一回休も?"

"そうだな"

"19時くらいに起きれば大丈夫かな?"

"大丈夫だろ"

"じゃあまた後でね"

"ああ、今日は誰が来ても玄関を開けるなよ"

"分かってるって!"

"ゆっくり休めよ"

"うん、ありがとね、いろいろ"

"ほら、早く寝ろって"

"おやすみ"

"おやすみ"

菜摘は寝たようだった。
俺はまだやることがある。

眠気覚ましに顔を洗ったあと、テーブルの上に広がった名簿や資料に目を落とす。

何か、何か見落としていないか。
目を皿にして改めて全てを大袈裟ではなく穴が開くんじゃないかというほど隈無く見つめていく。
ノートにメモした関係者の証言もひとつひとつ確認しながら。

あー、くそ……
ダメだ…さっぱり分からねぇ。

部屋の中をウロウロする。
無情にも時間だけが過ぎていく。

携帯が震えだし、着信を知らせる。

『もしもし!』
『あ!木村さん?森です!遅くなってすみません!』
『いや!なんか分かったのか?』
『いえ…正直かなり厳しいです、すみません』
『そうか…』
『でも!あの杉田が見た女の特徴が分かりましたよ!髪の長い細身の若い女だったそうです!』
『なるほど…』

この程度の情報ではなんの進展もしないだろう。
落ちた気持ちが声に乗ってしまった。

『木村さん!ボクをナメないでくださいよ!』
『別にナメてねーよ』
『今、その女の似顔絵を作成中です!』
『なんだって!?』
『完成したらPCの方のメールに添付しますので、しばしお待ちください!』
『ああ!分かった』
『では!』
『おう!』

そんなにすぐに送られてくるような口振りでは無かったが慌ててノートPCを立ち上げる。
受信トレイには新着の文字はない。

メールを待つ間、自分なりに調べたことをノートにまとめ直しなりしてみる。


リリリリリリリリリ……

「ん……」

携帯のアラームがけたたましく鳴っていた。
アラーム…?
マズイ!いつの間にか寝てしまったようだ。

アラームを止め時刻を確認する。

19:04

『菜摘!』

返事はない。当然だ。
声に出して呼んでも答えてくれたことなど一度も無かったのだから。

"菜摘!"

改めて菜摘を呼ぶ。

"菜摘!"

返事がない。
嫌な汗が出てきた。
いや、杞憂であってくれ。

まだ寝てるのかもしれない。
菜摘から返事が来るまで呼び続けた。

"菜摘!菜摘!"

何時間彼女の名前を呼び続けていたのだろうか。
右手の人差し指の色が青紫がかってきていた。
力強く叩きすぎて居たようだ。

時刻は23時をまわっている。
最悪を想像してしまって絶望と虚無感で体に力が入らない。
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