フィンガーマン
8月22日―――菜摘失踪から1日目―――

"菜摘"

一晩中彼女の名前を呼んでいた。
もう二度と答えてくれないのだろうなと薄々感じていても名前を呼ぶのをやめることは出来なかった。

"菜摘"

答えてくれ。

"菜摘"

もう一度君と話したい。

"菜摘"

どこにいるんだ?

"菜摘"

トントントン……

『菜摘……!』

"菜摘!いるのか!?"

"いるよ"

"どこ行ってたんだよ!"

"ごめんね、心配かけて"

"そんなのいいよ、戻ってきたから良かった"

"うん"

"もうダメかと思ってたから!無事で本当に良かった!"

"ごめん"

"謝るなよ"

"うん"

"良かった!"

"あのさ"

"なんだ?"

"私、分かったよ"

"なにが?"

"どうして私がいなくなったのか"

"え?"

"最後にあなたと話したくて戻ってきた"

"は?"

"ほんとにごめんね"

"なに……言ってんだよ"

"私ここには居られない"

"どういうことだ!?"

"私が失踪した理由教えてあげるね"

"なに言って"

"自分で消えるんだよ"

"やめろよ……!"

"今までありがとう"

"おい、やめろって"

"会いたかったな、あなたに"

"会えるよ!約束しただろ!"

"約束守れないや…ごめん"

"守れよ!守れない約束なんかするな!"

"ごめん……"

"謝んなくていいって"

"私、もう行くね。ハートの先に真実があるから"

"おい!待てって"

"バイバイ、フィンガーマン"

"なに言ってんだよ!"

菜摘からの返事はない。

"おい!菜摘!"

もうここには菜摘はいないのかもしれない。

"菜摘!"

『菜摘!』

永遠に返ってくることのない返事を求めて叫び続けた。
涙は枯れ、喉がガサガサして痛かった。

いつもの定位置にズルズルと持たれ崩れ落ちる。
ぼーっと宙を眺める。
リビングのドアを開けっぱなしにしているとキッチンと玄関が丸見えだった。

ふと玄関にある電気メーターに小さなハートマークがついていることに気がついた。

"ハートの先に真実があるから"

菜摘の言っていたハートってこれのことだろうか。
フラフラと玄関に向かい電気メーターを眺める。

上の方についているので椅子を登ってみることにした。
電気メーターの上に透明のビニールにくるまれた封筒が貼り付けられていた。
埃を被っていて少し年季を感じる。
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