フィンガーマン
『何してるんですか!』

池に飛び込む寸前で腕を捕まれた。
もう少しで菜摘に会えたのに。
腕を振りほどこうと振り向くと、女性が立っていた。

どこかで会ったことがあるような。
目があったまま固まる二人。

『フィンガー……マン』

彼女が呟いた。
そんなまさか。
ありえない。

『な……つみ…?』

かすれた声で名前を呼ぶと彼女は驚いた顔をした。
そしてふんわり笑うと

『なにその格好』
『え…?』

言われて見ると部屋着で飛び出してきていたようだ。

『髪の毛もボサボサだよ』

驚いて頭を何度も撫で付ける。

『ねえ、もしかしてずっと泣いてた?目真っ赤だよ』
『……な…!』

なにかを言いたくて口をパクパクさせてしまう。

『どうしてここにいるかって?』

コクコクと頷く。

『ちょっと長いよ?』
『いい、時間はいくらでもある』

俺の返事を聞いた菜摘は屈託もなく明るい笑顔で笑った。
夢の中で会った彼女より少し大人びたようだったけれど想像していた通りの笑顔だった。

あれから菜摘は失踪するはずだったが警察に出頭した。
『友達を殺してしまった』と。

しかし、桃園まどかは一命を取り留めていた。
菜摘は救急車を呼んでいたのだ。
そして一緒に病院に行ったが菜摘も治療を受けた後、桃園まどかのオペまでは見届けず家に戻って俺に別れを告げ手紙を書いた。

その足で警察に向かうがすぐに逮捕、拘留にはならず自宅待機を命じられた。
それから数日は家から出ないでいると、警察に事情聴取に呼ばれたそうだ。

行ってみると桃園まどかからは被害届が出ておらず、桃園まどかの証言で事故か正当防衛の可能性があると言われたそうだ。
そして菜摘の目線で事件の概要を説明し、晴れて正当防衛が成立し不起訴。
無罪放免となったのだった。

桃園まどかが生きていることが分かりお見舞いに行くと親御さんに面会は断られ謝罪されたそうだ。
娘の菜摘への異常な執着に気がつかず危険な目に合わせて申し訳なかったと。
その時に桃園まどかからのストーカー行為が発覚したのだった。
くだんの郵便物を荒らしたり無言電話、プレゼント全てが桃園まどかによるものだったのだ。

そして娘のためにも立ち直るまでは会わないでやってほしいと言われ、その足で引っ越しの手続きをした菜摘は徐々に普通の生活に戻ったそうだ。

『その様子だと手紙見つけちゃったんだ?』
『ああ』
『そっかー、バタバタしてたから忘れてそのまま引っ越しちゃったんだよね』
『心配しただろ』
『ごめんね!でも一瞬だったんだから…いいじゃん』
『一瞬でもめちゃくちゃショックだったよ!』
『私は6年も我慢したんだよ?』

思わず口をつぐんだ。

『ま、どっちにしろ、二人がこうして元気で生きてて良かったね』
『……そうだな』
『やっと会えたね、フィンガーマン』
『ああ』
『えへへ』
『なぁ、ずっと気になってたんだけどさ』
『なに?』
『なんで俺のことフィンガーマンって呼んでるんだ?』
『あれ?言ってなかったっけ?』
『うん』
『私にはフィンガーマンの姿が見えてたんだよ』
『なんだって!?』
『指先だけ』
『は?』
『よく分からないけど指先だけくっきり見えてて、だんだん薄く透けてる感じ?手首より先はなんにも見えなかったけど』
『なんだよそれ』
『私にも分かんないよ。でもその内ペットみたいで可愛いなって思うようになって』
『ペットって』
『で、指と会話するにはモールス信号しかないかなって思い付いてそれが大正解だった』
『ふっ、なるほどな』
『それで、あなたの名前教えて貰える?』
『あれ?言ってなかったっけ?』
『うん』

俺たちは笑い合うと色んなことを話をした。
菜摘の6年間のことや、俺が調べていた菜摘のこと。
話したいことはたくさんあった。

帰りに図書館の前を通ったとき迷わず入るとあの雑誌を手に適当な席に座った。

雑誌のページをめくれどもめくれども失踪事件の記事は跡形もなく消えていた。

晴れやかな気持ちで図書館を出た。
これからは過去じゃなくて未来を見ながら歩いていく。
菜摘と一緒に。



おしまい。
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