嘘吐きたちの末路(短編集)
1㎝の嘘

【1㎝の嘘】




 四月一日。
 せっかくの日曜だし、いつもより少し長く寝て、それからゆっくり朝食をとって、掃除と洗濯をしようと思っていた日の、早朝のことだった。


 気持ち良く寝ていたというのに、激しく揺さぶられ、嫌々目を開ける。

 視界に入ったのは、夜明け前の薄暗い部屋、深刻な表情でベッド脇に正座する、彼の姿。

 わたしの目が開いたのを確認すると、彼は表情同様申告な声色で、こう言った。


「実は俺、昨日付けで会社辞めた。今日からはギタリスト目指してバンド活動を始めようと思ってる」

「……」

「今日からはサラリーマンの彼女じゃなく、バンドマンの彼女として自覚を持ってほしいんだ」

「……」

「いつか必ず日本一、いや世界一のバンドになって、おまえをウィーンに連れて行ってみせるから、応援頼むな」

「……」


 嘘だ。百パーセント嘘だ。

 ギタリスト? 世界一のバンド? ギターどころか楽器だってほとんど触ったことがないくせに。学生の頃美術選択だったくせに。音楽だってあんまり聴かないし、レッチリやリンキンが何なのかも知らなかったくせに。
 それになぜウィーン? ウィーンってどちらかと言えばクラシックのイメージだけれど。バンドならロンドンとかニューヨークとかデトロイトとか……あれこれたくさんあるだろうに。わざとなのか? それともわたしが知らないだけで、今ウィーンはロックの都になっているとか?
 そもそもバンドをまだ組んでいないじゃないか。会社を辞めてからバンドメンバーを探すのか? はぁ?

 しかもゆうべ、何度もカレンダーとスマホを見て「今日で三月も終わりかぁ」と呟いていた。ということは今日が四月一日、エイプリルフールだとしっかり理解しているじゃないか。詰めが甘い。そしてこんな早朝から仕掛けてくるとは迷惑過ぎる。

 もういい。早く仕返しして、あと三時間は寝よう。

「嘘吐くと、身長1㎝縮むんだってよ」

 言うと、背の低さを気にしている彼は、途端に泣きそうな顔になって「ごめんなさぁい!」と。まるでお手本のような土下座をしたのだった。


 これでおあいこ。「うそうそ、ごめんね」と笑って、布団の中に招き入れた。





(了)
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